「省内に改革の『仕掛け』を埋めた」
■「税・社会保障の一体改革」が“長妻モデル”に光を当てる
―長妻議員が構想した「少子高齢社会を克服する日本モデル」ですが、議員の大臣退任とともに、幻となってしまったのでしょうか 。
そうとも言い切れません。例えば今、税と社会保障のあり方を改めて見直す「税・社会保障の一体改革」が首相官邸主導で進められています。そして、官邸で改革の実務を担っている厚生労働省の官僚の中には、わたしの考えたモデルをよく理解している人が少なくありません。「税・社会保障の一体改革」が進む中で、わたしが思い描いた「少子高齢社会を克服する日本モデル」の構想が生かされることは、十分にあり得ると思います。
―一度は幻となった“長妻モデル”が、思わぬ形で日の目を見る可能性もあるわけですね。
その通りです。そもそも社会保障全体の姿は、国民の皆さんにとって、あまりに巨大過ぎて分かりにくいのではないでしょうか。その姿をイメージしてもらう上でも、わたしの描いたモデルは役に立つと思うのです。
■社会の変質に対応していない社会保障制度
―ところで、厚労相を1年間務めた経験から、日本の社会保障制度が抱える最大の病理はどこにあるとお考えですか。
制度設計の前提に問題があると思います。現在の社会保障制度は、「正規雇用された会社員の夫と専業主婦、2人の子ども」といった家族像が多数を占めていた時代に設計されました。
一方、現代社会は、だいぶ様相が異なります。例えば自営業者のための保険だった国民年金は、非正規雇用の受け皿となっています。今では、むしろ非正規雇用者の加入の方が自営業者より多くなりました。家族も友人もいないまま、孤独な老境を過ごし、死んでいく人も少なくありません。わたしが大臣就任直後に政府として初めて公表した貧困率のデータが証明している通り、この国は、先進国では米国に次いで貧富の差が大きな国になりました。貧困層が増えていることも、もはや隠しようがありません。
均質だった日本社会は、いつの間にか、いろいろな意味で「格差」の大きな社会に変貌してしまったのです。ところが社会が変質してしまったのに、社会保障制度ばかりは昭和の高度成長期の発想から変わっていない。社会の変質に対応していないということです。ここに最大の問題があります。
■目指すは「参加型社会保障」と「共助倍増計画」の実現
―言い換えるなら、差があるライフスタイルに対応できる社会保障こそが求められているわけですね。
その通りです。ただ、多様なライフスタイルに対応できる制度をつくり上げるのは、そう簡単なことではありません。そのためには従来の「保護型社会保障」を「参加型社会保障」に改革すると同時に、「共助倍増計画」を推し進める必要があります。
―議員の言う「共助」とは、「社会保険のような制度化された相互扶助」のことですか。
それもあります。また、ボランティアなど助け合いという意味もあります。
「共助倍増計画」とよく似たフレーズとして、わたしが生まれた1960年に池田勇人首相が掲げた「所得倍増計画」という言葉があります。ところが、それから半世紀余り経過した今でも、所得倍増計画の発想を引きずっている人がいます。これは相当に無理があると言わざるを得ません。
―なぜでしょうか。
所得倍増計画が掲げられた時代は、右肩上がりで生産年齢人口が増え続けた時期でもあります。池田首相が掲げた計画は、生産年齢人口が右肩上がりに増え続けるという前提があってこそ成り立つ計画だったのです。
逆に言えば、人口減少が続く成熟社会では、公共事業を軸に経済成長を期待する所得倍増計画の発想は通用しません。成熟社会で必要とされるインフラは、道路やハコモノではなく、社会保障です。事実、社会保障の中には、公共事業よりも高い経済波及効果を持つ分野も増えています。その波及効果を確かなものにし、今後の経済成長の基盤を整備するためにも、「参加型社会保障」を充実させ、「共助倍増計画」を推し進める必要があるのです。
―しかし、社会保障を「経済成長のお荷物」とみなす考え方も根強く残っています。「社会保障費に費やされる税金を他に回すことができれば、もっと大きな経済効果が得られるはず」という意見もよく聞かれます。
それこそが所得倍増計画の発想であり、「保護型社会保障」を前提とした考え方です。確かに、サービスを給付し、単に高齢者や障害者、失業者を守ることに主眼を置いた「保護型社会保障」であれば、経済成長にはつながりません。しかし、そうした人々の社会参画や地域への復帰を前提とし、子どもを産んでも働き続けられる「参加型社会保障」であれば、逆に経済成長の基盤をつくる役割を果たします。
―具体的には、どんな施策が「参加型社会保障」に含まれるのでしょうか。
失業者に対し、単に手当を渡すだけでなく、効果的な職業訓練と的を絞った職業紹介もセットで給付金を提供する施策は、「参加型社会保障」の施策の典型です。
現在、共働き世帯が専業主婦世帯をはるかに上回っています。子どもが生まれたら仕事を続けられないのは、社会にとって大きな損失です。子ども手当と保育所整備の現物給付は、少子化の流れを変える車の両輪となる政策です。これも「参加型社会保障」の一類型です。現政権では、子ども手当がクローズアップされ、現金給付ばかりが強調されていますが、現物給付、すなわち保育サービスの定員を毎年5万人ずつ、5年間増加させる計画を閣議決定しました。
介護であれば、大型の施設整備だけに主眼を置くのではなく、地域に密着した新しい形の小規模サービスを充実させ、高齢者が地域の中で生活できる環境を整える施策が「参加型社会保障」に該当します。
創設が決まった「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」などは、「参加型社会保障」の発想で練られたと言えます。家族介護者の「レスパイトケア」に関する施策もそうでしょう。在宅福祉サービスが弱いという日本の弱点を克服するためにも、これらの施策は重要な意義を持っていると言えるでしょう。
■国民の意識を変え、“おせっかい”の復活を
―しかし、「参加型社会保障」にしても「共助倍増計画」にしても、その推進には、国民の意識から変える必要があるのではないでしょうか。意識を変えるのは制度を変えるより、はるかに難しい仕事だと思いますが。
だが、政治家はそこに取り組まなければなりません。政策を作ることだけが政治家の役目ではありません。新しい価値観を提示し、国民の意識を変えることも、大切な使命です。わたしが「少子高齢社会を克服する日本モデル」を構想したのも、その使命を果たすためでした。
「共助倍増計画」や「参加型社会保障」を実現するための方針を分かりやすく表現するなら、「お金持ちには、もう少しお金を拠出してもらい、今より給付を我慢してもらう。保険方式を含む共助の精神をさらに広げ、お互いにおせっかいを焼き、助け合う文化を取り戻してもらう。一人ひとりに出番と居場所がある社会をつくる」といったところでしょうか。この考え方を広げれば、国民の意識も変わってくるはずです。
―おせっかいを復活させるための具体策はありますか。
日本は先進国で最も国民の寄付が少ない国の一つです。民主党政権では、NPOなどへの寄付文化をはぐくむために、寄付の大幅な税の優遇を決めました。
加えて、ボランティアをあっせんするボランティアセンターを拡充することですね。「少子高齢社会を克服する日本モデル」で基本的な地区として示した中学校区内に一つずつ置ければ理想的です。
ただ、単にボランティアセンターを置くだけでは、人は集まりにくいかもしれません。例えば、地域のボランティア活動を大学や高校などの単位として積極的に認めるなどの施策を打ち出すのも効果的ではないでしょうか。
それから、ボランティア活動を普及する上で重要なことは、ボランティアをあっせんし、仕事を頼み、教えるボランティアを確保すること。自治体や国が音頭を取り、そうした人たちを養成することも必要かもしれません。
■「増税を掲げて勝つ政党こそが必要」
―「共助倍増計画」や「参加型社会保障」を実現するにしても、どうやって財源を確保するかという課題は避けて通れない気がします 。
確かに社会保障費の毎年1兆円の自然増を思えば、消費税増税は避けて通れないでしょう。わたし個人としては、民主党は次の衆院選のマニフェストに消費税率アップを盛り込むべきと考えます。
―しかし、これまで消費税増税を掲げた政党は、ことごとく選挙に敗れています。
それでも、消費税率アップをマニフェストに掲げるべきです。現在の財政事情と社会情勢を思えば、今の日本には「増税を訴えて、選挙に勝つ」政党こそが必要なのです。それができなければ、日本の社会保障の未来はありません。
もちろん、消費税増税だけを掲げるわけではありませんよ。マニフェストには、消費税率アップを実施する前提として、次の3つの条件も同時に盛り込むべきと思います。
「未来の社会保障の明確なビジョン」「消費税率アップを実現する際の工程表」「自らの身も切る徹底した無駄の削減の継続」です。
「消費税率アップを実現する際の工程表」とは、一気に税率をアップするのか、それとも段階的に引き上げていくのかなど、経済に極力、負荷を掛けない方法を明示するということです。増税の影響を大きく被る低所得者対策についても、詳細にシミュレーションした上で、できる限り納得できる方法と工程を組み上げる必要があります。
「自らの身も切る徹底した無駄の削減の継続」については、言うまでもないでしょう。民主党では、既に議員報酬の1割カットや、衆参の国会議員120人を定数削減することを決めました。それから、財源を圧迫する過剰介護や過剰医療の洗い出しも不可欠です。事業仕分けを続け、各省庁にも事業仕分け室を設置するなど、無駄を徹底的になくす仕組みを政府の中に埋め込むことが重要です。
もう一つ、消費税率アップを実施する上で不可欠なことがあります。政治に信頼を取り戻すことです。そのために民主党が掲げたマニフェストの達成度を検証し、国民に説明する必要があります。まるで何も実現していないというイメージが定着していますが、決してそうではありません。
われわれは、診療報酬改定を10年ぶりにネットプラスに転じさせました。小泉政権時代から続いてきた毎年社会保障費の伸びを毎年2200億円ずつ自動的にカットする仕組みも取りやめました。年金制度改革は工程表通りに進めていますし、障害者自立支援法も、後期高齢者医療制度も廃止を決め、新しい制度設計に入っています。
「消えた年金」問題では、これまで1200万人の記録が戻り、計算できただけでも1.4兆円分の年金額が復活しました。生活保護の母子加算の復活、児童扶養手当の父子家庭への支給、非正規雇用への雇用保険加入要件緩和など、マニフェスト事項で達成したことも多くあります。
しかし、子ども手当は、初年度1万3000円は約束通りでしたが、次年度の2万6000円は達成できませんでした。この点はわたしも大臣時代に謝罪をしました。
■報酬改定では医療・介護の“架け橋”の分野に光を
―2012年度の診療報酬・介護報酬の同時改定に関する議論が、今年から本格化します。同時改定では何が論点となるのでしょうか。
既にいわれていることですが、最大のポイントは医療・介護の連携でしょう。急性期から慢性期、そして在宅へ、施設から在宅へ、これらをつなぐ間の“架け橋”を太くするための報酬設定が不可欠ということです。
具体的には、慢性期、維持期といった介護と医療のはざまとなる分野に光を当てる必要があるでしょう。それから、前述しましたが、現在の日本では在宅医療や在宅介護を支える体制が弱いと言えます。その結果、病院や介護施設から自宅に戻ることができず、施設に残らざるを得ないという問題が生まれています。
この問題を解決するためにも、例えば、夜間訪問介護や在宅医療支援診療所や在宅医療支援病院、あるいは新たに創設される「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」に携わる方々への報酬に十分配慮する必要があるのではないでしょうか。 もう一つ、忘れてはいけないのは過去の検証です。中医協でも介護給付費分科会でも、次の改定について考える前に、直近の報酬改定がどんな効果を生み、どんな課題を残したのか、しっかりとした検証作業を行う必要があります。わたしが大臣在任中に強化した取り組みですが、今度の同時改定でも、着実に実施してほしいですね。
―議員が厚労相を退任なさってから、この3月で半年が経過します。もう一度、厚労相として活動したいというお気持ちはありますか。
大臣としてやり残したこと、まだやりたいことはあります。ただ…とにかくわたしは、役所にとっては「招かれざる大臣」でしたからね(笑)。
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