赤穂市民病院時代の30年間、初めのころは、京阪神での学会や研究会の往来で、近年は臨床教授や病院団体の役員、さらには中央社会保険医療協議会(中医協)の委員として、東京や地方に出張することが多かった。
新幹線の中で、「お医者様はいらっしゃいますか?」というアナウンスを聞いたことがある方も多いだろう。
外科講座の兄弟子に当たる、大先輩のS先生は、「そのような放送があっても絶対に行くな。一時の義侠心が一生を誤らせる。おまえの腕で何ができる? 誤診であれば訴えられる。途中で手が離せなくなり、学会発表ができなくなったやつもいる。診察道具もないところでは、医者ではない」と言う。
「周りに、医者だと知っている人がいたらどうしますか」と尋ねると、「たぬき寝入りしておけ。おかしいと思われたら、何食わぬ顔をして便所へ行け」と返された。
しかし、当直で仕方なく急患を断っても、心配で眠れない小心者のわたしには、とてもそのような芸当はできなかった。
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