【千葉大学医学部附属病院病院長企画室長・病院長補佐・特任教授 井上貴裕】
2016年度診療報酬改定の答申が行われ、「重症度、医療・看護必要度」(以下、看護必要度)は項目の見直しと要件厳格化が図られ、重症者の割合は25%以上に設定された。救急と手術に積極的に取り組み、在院日数の短縮に励んでいれば、決してクリアできない基準ではなく、これで7対1入院基本料を届け出る病床が大幅に減ることはないであろう。
“救急搬送”や“開胸手術”など、各項目の定義次第でハードルの高さは大きく変わるわけであり、現段階での試算が適切だとは言い切れない。ただ、あらゆる事態を想定しても、多くの病院にとってこの基準は余裕でクリアできるものではなく、25%ぎりぎりの水準となる病院も多い模様だ。となると、現実問題として、病床再編を検討し、10対1への降格を受け入れざるを得ない病院も出てくるだろう。
今回改定では、10対1の看護必要度加算の評価が引き上げられ、点数による誘導が見られるが、10対1になれば現場、特に看護部が「救急をストップしてほしい」など患者受け入れの制限を求めたり、あるいは従来の7対1並みの人員配置をしてほしいといった声が上がるかもしれない。いずれも病院にとってはマイナスであり、現実的とは言えない。ただし、現場からすれば、今までと同じ仕事を少ない人数でやれと言われても手厚い人員配置に慣れてしまった以上、難しいという現実もあるはずだ。“昔はもっと少ない看護師で病棟を回していた”わけだが、そもそも在院日数の短縮や、手続きの煩雑さの増大、そして医療の高度化などによって状況が大きく異なり、昔に戻ることは難しい。10対1になるということは、急性期からの後退を意味する可能性があり、大きなリスクがあるととらえる必要がある。本稿では、医療の質と経済性を損なわない7対1からの転換オプションを提案する。
2 転換オプション
7対1からの転換オプションとして以下の4つがあり(組み合わせもあるだろう)、地域の実情と自院の現状を考慮し適切な選択を行うことが期待される。
まず1つ目が今回改定で新設された病棟群を活用し、10対1の病棟を併存させるという選択肢だ。ただ、下りエスカレーターでしかない病棟群を取り入れる病院は少数派になることだろう。MMオフィス代表の工藤高氏が病棟群について“要件が相当厳しい”と述べていたように、相当使い勝手が悪い制度である。特に7対1と10対1の病棟間での転棟が原則として禁止されているため、患者の病態に合った病床コントロールが困難になる可能性がある。“急性増悪”の場合などは例外的に転棟が可能である制度設計にしなければ、病棟群を活用するケースは極めて限られ、地域包括ケア病棟の理学療法士数が足りず、1日2単位のリハビリテーションができない場合に限定されるであろう。
時間の経過とともに病院機能は変わる可能性があるわけで、敗者復活を認めない病棟群に躊躇する医療機関の気持ちをくんだ制度設計が必要だ。
2つ目が一部の病棟を地域包括ケア病棟に切り替える選択肢だ。地域包括ケア病棟は、看護必要度のA得点が1点以上、あるいはC得点が1点以上の患者が10%以上であればよく、非常に使い勝手がいい。本連載でも取り上げたが、“7対1の隠れみの”としての利用価値は非常に高い。中長期的には厳格化が図られるはずだが、目先のことを考えれば、当該病棟は魅力的である。
今回改定で、許可病床500床以上あるいはICU等を有する医療機関については、地域包括ケア病棟は1病棟までという制限が明らかにされた。高機能急性期病院であっても、地域包括ケア病棟をつくってよいことが明言されたわけであり、さらに手術・麻酔が出来高で算定可能となったことから、地域包括ケア病棟はより急性期に近づいたイメージだ。高齢者緊急入院など、在院日数が長期化する疾患では、当該病棟は経済的な魅力度も高く、前向きに検討する病院が増加するはずだ。なお、 連載第19回 で、総合入院体制加算を届け出る場合には地域包括ケア病棟の設置に制限が加えられ、その一方でDPCⅡ群やICUを有するような高診療密度病院には制限がないことはおかしいため、見直しを提言したが、ある意味、その答えが返ってきたととらえるべきなのであろう。
3つ目が一般病棟は10対1とする代わりに、ハイケアユニット入院医療管理料などを届け出て、重症患者をHCU等の手厚い人員配置の治療室で受け入れることだ。一般病棟の人員は少なくなったとしても、重症な救急や手術患者を手厚い人員配置で対応することは合理的だろう。14年度診療報酬改定では、ハイケアユニット入院医療管理料1は4対1の看護師配置で6584点とされたが、今回改定でA得点3点以上、かつB得点4点以上の患者が80%以上となった。特定集中治療室管理料3・4であれば、2対1の看護師配置で9361点、さらに今回改定でA得点4点以上、かつB得点3点以上の患者が70%以上となったため、HCUの方が使い勝手がよく、こちらを選択するのが現実的であろう。もちろん手術などを要する重症患者がどのくらいいるのかによって、その必要性は変わってくる。
最後が緩和ケア病棟を設置することだ。がんの末期患者は、必要度を満たす割合が低くなるが、なかなか自宅に帰ることが難しいという現実もある。これらの患者を最期まで自院で診るための病棟として、緩和ケア病棟を設置する動きが活発化することだろう。地域の整備状況にもよるが、病院の差別化につながることだろう。大規模工事が必要になる可能性もあるが、前向きに検討すべき選択肢ではないだろうか。看護師配置も7対1であり、魅力を感じる看護師も多く、円滑な移行が可能となるかもしれない。
また、今回改定で、進行がんの患者在宅で緩和ケアを行っている患者が、緩和ケア病棟に緊急入院する場合の評価として、「緊急入院初期加算」(200点)が新設され、在宅との密接な連携が評価されたことに加え、放射線治療が出来高で算定できるようになったことも注目される。緩和ケア病棟でも痛みを和らげるために、放射線治療を実施したいケースが多いが、包括されている現状では赤字覚悟でないと実施できない現状がある。今回改定での緩和ケア病棟については、非常に合理的な政策判断であり素晴らしい。従来の緩和ケア病棟の概念を覆すものであり、中核病院での設置が加速することだろう。
いずれの転換オプションを採用するかによって、自院の地域の中での立ち位置に影響を及ぼす。連携を前提にした今日の医療制度においては、先行優位性が強く働くことが予想され、他の医療機関に先んじる行動力が評価される。シミュレーションなどの数値いじりばかりで行動できない医療機関は淘汰されていく。今、我々に求められているのは、現実的に前を向いて動ける力であり、それこそが競争優位の源泉である。
井上貴裕 (いのうえ・たかひろ)
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科にて博士(医学)および修士(医療政策学)、上智大学大学院および明治大学大学院で修士(経営学)を修得。医療法人の副理事長、有限責任監査法人トーマツ、東京医科歯科大学医学部附属病院病院長補佐・特任准教授を経て、4月から現職。長野市民病院、武蔵野赤十字病院などの経営アドバイザーを務めるほか、日本赤十字社本社医療施設教育研修アドバイザーとして赤十字社の経営人材の育成に取り組んでいる。
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