【国際医療福祉大学大学院医学研究科 循環器内科学 教授 岸拓弥】
■こんな感じの本音と建前
ある病院の、ある日の出来事だ。
病院長
「働き方改革をします! 当直明けは強制的に帰宅! 夕方以降は当直医に全て任せて帰宅! 時間外の主治医呼び出し禁止! 有休は完全に消化! 産休・育休はきっちりと、男性医師も取るべき!」
(心の声:…全く、最近の若い医者は根性がないし医師としての覚悟も足らんし、女性医師はすぐ休むし…でも、こうしないと若い医師が来ないからなー。仕方ない)
某科部長
「承知しました!」
(…はー。時代の流れかな。俺たちの若い頃は…。上が下の分も働くことになるんだろうな…)
医師A(35歳男性)
「うーん、いいんだけど…。ということは、僕たちが女性医師や研修医の分も働くことになるとしたら勘弁してほしいよなー…。それに患者のことは夜も気になるし、主治医としての責任もあるし、夕方には帰れんし、やっぱ当直明けも残るよな」
(…でも、子どもと遊ぶ時間もっとできるかもな)
医師B(30歳女性)
「素晴らしいわね、この病院! 来年は安心して出産と子育ても働きながらできるなんて、ほんと嬉しいし、専門医も諦めなくていいかも」
(…でも、ほんとかしら? それに、周りに「ゆるふわ女医」なんて陰で言われるのはやだなー。私も患者のことは休みの日も気になるし)
初期研修医(男性)
「やったー!! 毎日きついもんなー」
(…でも、他の病院の同期と臨床力で差をつけられるかも…)
初期研修医(女性)
「やったー!! ほんと当直明けきつくて、続ける自信がなくなってたとこだったし。大学の後輩にも、この病院オススメって言っとこ」
(…でも、なんか研修が不十分になったりしないかなー)
見学に来た医学部生
「いい病院だ! 当直明けも帰れるし、呼び出しもないし、研修医の先輩もなんか楽しそうだし。ここを希望しよう!!」
(なんの疑いもなし)
こんな本音と建前がそれぞれにうごめく、なんとも息苦しい状況は決してフィクションではなく、全国あちこちで今まさに起こっていることだ。これが医師の「働き方改革」の現状ではないだろうか。一体誰のための改革なのか? 冷静に考える必要がある。
■医師人生は息苦しい
令和時代の注目キーワードの一つが「働き方改革」と言っても過言ではない。当然ながらこれは、医療の世界においても避けられない。あの「人生ゲーム+令和版」は、お金に代わりソーシャルネットワーキングサービス(SNS)でのフォロワー数を競う形式となっていて時代を感じるが、令和時代の医師版「人生ゲーム」はどうだろうか。
少し前までの典型的なキャリアパスは、初期研修後に医局に入局し、専門医を取得する過程で、大学病院か市中病院か? 大学院進学・学位取得は? 開業か勤務医か? などの選択でパターンが分かれる程度の多様性しかなく、かなり息苦しいものであった。しかもそれは、自分の意思ではなく医局の中で決められることが多く、若い頃は「将来はきっと明るい未来が待っている」と信じて、さまざまな試練を耐え忍ぶことも少なからずあった。冷静に考えると他の業種ではあり得ないことが、医療業界では慣習的に行われてきたと批判されても仕方がない。
そんな医師の「働き方改革」は、医療政策において今最も注目されている論点であるが、この問題は今に始まったことではなく、いわば「見て見ぬふり」だったり、医師に求められる崇高な精神や奉仕の心、医局制度の下において、慣習的に(思考停止といっても過言ではない)、他の職業ではあり得ない勤務体制や給与体系を、医療機関も医師も受け入れてきていた。
また、医療を受ける側もそれが医師のあるべき姿とすら思ってきたと言える。医師の先輩・後輩が集まる飲み会では、大半の話題は先輩の武勇伝(若い時にどれだけ過酷な状況で猛烈に働いてきたか)を後輩がうんざりしながら聞くという、まるでかつての高度成長時代にあった一般企業での光景が、医療機関には残っている。
そんな中、2019年3月まで22回にわたって議論された「医師の働き方改革に関する検討会」では、医師の時間外労働の上限規制と他職種への業務移管が話題となった。報告書では、条件付きで最大年間1860時間まで残業を認める労使協定が結べるという提言を示している。その条件として、二次救急医療機関で年間の救急搬送受け入れ件数が1000件以上、知事が必要と認めた医療機関などが挙がっているが、この枠がどこまで現場で受け入れられるかは疑問符が付く。月155時間の残業を受け入れる医師は、現実的にはすでにかなり稀有である。病院経営者としても、そんな契約書では医師の確保が難しいと言いたくなるであろう。
(残り1987字 / 全3995字)
次回配信は3月9日5:00を予定しています
この記事は有料会員限定です。
有料会員になると続きをお読みいただけます。
【関連記事】