【独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)熊本総合病院病院長 島田信也】
1.はじめに
誰もが予想だにしなかった「平成28年熊本地震」から、ちょうど1年が経った。現在の筆者の最たる関心事は、「熊本地震後に、復旧ではなく、復興がなされつつあるか」である。なぜならば、大災害であったからこそ、これからの熊本の子孫のために再出発する義務があるからだ。その合言葉は「Brave New Kumamoto World」(勇気を持って創造していく新しい熊本)である。すなわち、早く元の生活を取り戻すことだけにこだわるのではなく、少し時間はかかるかもしれないが、みんなで力を合わせて、震災前よりももっと魅力的な熊本を創っていく勇気が必要なのではないかと考える。
近現代の大地震で最初に思い浮かべるのは1923年の関東大震災であり、さらに1995年の阪神淡路大震災、そして2011年3月11日の東日本大震災であろう。関東大震災後には、内務大臣後藤新平が世界に通用する「帝都復興計画」を提唱し、さまざまな抵抗勢力の猛反発に遭って縮小案となったものの、「便利になれば、土地の値段も必ず上がる!」と必死に地主を説得して1割を無償提供させた上で、「区画整理」を断行し、東京を災害に強く機能的なまちに変貌させた。そして、戦後もこの復興の礎は脈々と受け継がれている。
一方、東日本大震災後はどうであろうか。残念ながら、関東大震災の時のような斬新な復興計画が国や地方から実行されているとは言い難い。
このようなことを念頭に置いて、熊本県民の一人として「平成28年熊本地震」後1年を大まかではあるものの、概観してみたい。
2.医療状況
地震から丸1年が過ぎても、いまだに混乱が続く医療圏は、特に熊本と阿蘇である=表1=。
激震に見舞われた益城町では、B病院や診療所など、閉鎖されている医療施設の再建・再開を推進しなければならない。ただ、益城町は熊本市と隣接しており、救急医療はこれまでも熊本医療圏に依存していたため、医療の混乱は熊本と比較した場合、軽度であるようだ。
表1 「平成28年熊本地震」に伴い入院停止している主な病院の状況
熊本県医療政策課資料を一部改変 2017年3月時点
(1)熊本医療圏
熊本医療圏では、556床のA病院で、NICU10床、GCU5床、一般病床10床については再稼働しているが、他は休床のままだ。また、外来は再開したものの、1次救急はウオークインのみで、年間約4400台を受け入れてきた救急車は、他の病院が受け入れざるを得ない状況だ。従って、市内の熊本大学医学部附属病院をはじめとする5つの大病院に患者が集中し、救急車は各病院で約1割増、入院も100%に近い稼働率の病院もあり、医師、看護師、コメディカルにしわ寄せが来ている。特に冬場は患者も多く、医療従事者の疲弊が慢性化しており、医療安全にも危惧される状況が続いている。早急なA病院の復興が待たれる。
A病院の新築に向けた動きも始まっている。地震等の災害に強い病院▽周産期母子医療を中心とした安全安心な病院▽安定的で持続可能な経営ができる病院-を方針に掲げ、現在地より東に約2キロの場所での土地整備も始まり、19年6月の再建・復興を目指している(熊本日日新聞17年3月27日)。
(2)阿蘇医療圏
阿蘇医療圏では、現在もC病院の外来と入院が休止しているが、それ以上に交通機能のまひが医療へのアクセスを非常に困難にしている。図1に示したように、阿蘇大橋の崩落ならびに主幹道路である国道57号線の寸断で交通機能が失われ、南阿蘇村から阿蘇市、阿蘇市から熊本市方面に向かうには、大変な遠回りが必要となる。さらに、熊本と大分を結ぶJR豊肥本線もズタズタに崩壊したままだ。すなわち、これまで熊本医療圏に頼っていた救急や入院を、阿蘇医療圏内で完結しなければならず、圏内の主な3病院では救急と入院は10-25%増えている。さらに、この交通機能のまひによって、熊本医療圏からの医師・看護師ならびにコメディカルの通勤が困難となったことで離職者も出かねない状況だ。このままでは、増加分どころか、地震前の患者数すらカバーできない事態も危惧される。
国と県は、国道57号線の復旧に加えて、新阿蘇大橋の建設(20年完成予定※)、さらに、新国道57号線の北側ルートの大津町-阿蘇市赤水間に長さ約4キロの大トンネルを造る構想も始動しているようだ※。早期の交通機能の復興が望まれる=図1=。
※国土交通省九州地方整備局Press Releaseより
図1 国道57号線の阿蘇大橋迂回ルート
国土交通省九州地方整備局資料を基に、熊本総合病院総務企画課西村秀洋作成
以上のように、熊本医療圏では公立の大病院の閉鎖、阿蘇医療圏では交通機能の途絶という異なる要因で、1年経った現在でも医療の混乱が続いている。しかし、いずれもあと2、3年を目途に現況を払拭するような復興が期待できそうである。
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