【医療法人パリアン クリニック川越 院長 川越厚】
医師になって43年-。もともと私は、婦人科がん治療に腐心する大病院の勤務医であった。ただ、それは医師になってから最初の18年間のことで1990年、自宅で逝くがん患者を看取る在宅医に私は転身した。“鮮やかに”と言いたいが、実際は自分自身が結腸がんにかかったことに起因する、やむを得ない方向転換だった。
私が行ってきた看取りの医療はホスピスケアの形を取るので、“在宅ホスピスケア”と呼ばれている。私が主治医としてかかわった患者は、95%以上が自宅で最期を迎え、その人数は優に2000を超えている 。
在宅ホスピスケアでは、病状の自然な経過を大切にし、医療者と患者との濃厚な信頼関係を重視する。そのためかもしれないが、病院では経験したことのない“不思議な出来事”に遭遇する機会が多い。正確に言えば、「“不思議な出来事”を経験したと語る患者・家族に遭遇する機会」である。特に死の前後に多いようだ。
あらかじめ断っておくが、私自身はこの種の、いわばオカルトめいた話に対して懐疑的な人間である。ただし最近、懐疑的であることには変わりはないものの、患者や家族から聞くこのような話を頭から否定するのはどうかな、と考えるようになった。
というのも、こんなことがあったからだ。
■亡くなった妻が夢に現れて…
田川登さん(仮名)という、80歳代の一人暮らしの男性がいた。膀胱がんの末期だった。
亡くなる前の日、夜9時すぎという遅い時間であったが、私は往診に伺った。「登さんの死が間近い」という報告を当直の看護師から受けたからである。到着した時、登さんは既に臨死期の状態であったが、付き添っていた長女が大変落ち着いて看病しているのを見て、私は安心した。
一通りの診察と説明を終え、軽い気持ちで私は彼女に質問した。
「登さんの夢に、亡くなった奥さまの久枝さん(仮名)がよく出てくるんですってね。お父さんが最後にその話をしてくださったのは、いつのことですか?」
「2日ばかり前のことです。父はあくまで、『夢ではない』と言うのですけれども…」
こう話す彼女の表情は真剣だった。
次回配信は1月26日5:00を予定しています
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