【監修:日本政策投資銀行企業金融第6部ヘルスケア室 近藤健太課長、日本経済研究所医療福祉部 菅原尚子部長、澤田武志副主任研究員】
2025年には、人口ボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になります。このため、若年層の働き手が減る一方で、医療・介護のニーズが増大すると予想されています。少子・高齢化の進み方は地域差が激しいため、入院医療や在宅医療を提供するための体制の準備は、構想区域(二次医療圏)ごとに進められます。
各区域で将来、急性期や回復期の病床がどれくらい必要になるのかは、地域医療構想として都道府県が定めます。そして、例えば急性期の病床が多過ぎ、回復期の病床が足りない構想区域では、医療関係者が話し合う中で、自主的に役割を見直すことにより、将来のあるべき姿に近づけていきます。
A県に属し、60万人が暮らす中核市のA市でも、先月取りまとめられた地域医療構想を踏まえて地域医療構想調整会議の初会合が開かれ、各病院の役割を見直すための話し合いがスタートしました。
急性期病院として、A市の地域医療に長らく貢献してきた「キソ記念病院」のキソきくぞう事務長は、初会合の帰り道、県職員が示した患者の受け入れ実績などのグラフを思い出し、ため息をつきました。
きくぞう「急性期のつもりでやってきたが、気が付けば、入院しているのは高齢で在院日数が長い患者さんばかりじゃ。救急車をバンバン受け入れる市立病院やA市中央病院には見劣りするわい。回復期に転換するかどうか、真剣に考えなければいかんのう…」
病院に到着すると、きくぞう事務長の兄で病院長のキソだいじろうが待っていました。きくぞう事務長は、地域医療構想調整会議で説明を受けたことなどを報告します。
きくぞう「…というわけで、急性期の医療需要は高齢化で減るから、急性期病床はそんなに要らなくなる。一方で軽度の患者さんが増えるから、回復期の病床は足りなくなる。うちも回復期に切り替えて、地域包括ケア病棟を大きくした方が地域のためになるかもしれん」
話を聞いただいじろう院長は黙り込みます。
きくぞう「どうしたんじゃ、兄さん」
だいじろう「…認めん、認めんぞ! うちは代々、急性期一筋でやってきた。お前がどうしてもと言うから、百歩も千歩も譲って地域包括ケア病棟をつくったんだ。今度は、急性期の看板を下ろせというのか。そんなことは俺が断じて認めん!」
きくぞう「でも、地域のためにならないなら、急性期だと言い続ける意味はないんじゃないか。患者さんにそっぽを向かれて病院を畳むことになったら、それこそ父さんやじいさんに顔向けできないぞ」
だいじろう「事務長のお前がそんな弱気でどうする。だいたい、お前は何で、うちの病院が急性期病院として生き残れないと思うんだ」
そう聞かれると、明確な理由は思い付きません。きくぞう事務長は、いったん事務長室に戻って考えてみました。でも、漠然と不安を感じるばかりで、何が問題なのかははっきりしません。
翌日になっても答えが出ず、不安は強くなるばかりでした。気が付くと、もう正午です。きくぞう事務長は気分転換を兼ねて、病院の裏側にある定食屋で昼食を取ることにしました。昼時の店内はにぎわっています。店主から相席を頼まれたきくぞう事務長は、注文をすると、サラリーマン風の男性の前に座りました。
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