【元松阪市民病院 総合企画室 世古口 務】
病院の経営状況に大きく影響するのは、病院長の病院経営に対する才覚によるところが大きい。私が研修医のころ(今から50年前)、上司より「病院、特に公立病院では経営状況を云々するものではない」と教育されたのを覚えています。確かに、病院は一般企業と異なり、利益を追求する組織ではありませんが、赤字状態が継続すれば、性能の良い医療機器、良好な医療環境で医療を行うことはできず、最終的に患者・家族に多大なる損失を与えてしまうことになります。そのためにも病院長、病院事業管理者、地方公営企業法の病院であれば理事長は、病院経営に秀でた能力のある人でないとやっていけません。昭和の時代の病院長(特に公立病院の院長)は、医師を派遣してもらっている大学医学部の各医局からの推薦、もしくは大学医学部を定年退職された教授が着任することが多くみられました。定年後の大学教授を院長にお迎えすることにより、そこからの医師派遣に有利に働くことを期待したからです。しかしながら、現在では、このような定年後の大学教授が院長に着任することは稀です。どの病院も、内部からの昇格が主流になっています。医学的に素晴らしい実績を上げ、患者・家族からの評判の良い医師が、病院経営に長けた院長になるとは限りません。新しい院長が誕生しても、病院経営がうまくいかない理由について考えてみました。
■病院経営がうまくいかない理由その1 病院経営に興味があるか?
昭和の時代には、公立病院では医師を派遣していただいている大学の教授を院長に招聘することが多くみられました。これは医師確保のため、評判の良い弟子を連れてきてくれることを期待してのことでした。また、その当時では、大学教授会も「仲間の教授が院長として赴任した病院を全面的に支援しよう」という暗黙の了解もあったようです。しかしながら現在では、どの病院も大学教授を院長として迎えるケースは少なくなっています。それよりも、病院内で医学的な実績があり、患者・家族からの評判の良い医師が院長に昇格することが多くなっています。
ただ院長となった医師が、果たして病院経営に対しても興味があるかどうかが大きな問題です。病院経営に専念できず、週に何日も外来を担当したり、外科系の院長であればしばしば手術に参加したりしている院長も見受けられます。すなわち、臨床の医師として素晴らしい実績を上げてきたものの、いつまでも臨床現場から離れられない院長では、果たして病院経営者として素晴らしい実績を上げられるかどうか疑問であります。例えてみますと、プロ野球において、「現役時代に超一流の選手が必ずしも名監督になるとは限らない」のと同じではないでしょうか。
病院開設者である首長は、医療法上の管理者である院長に経営上の手腕を求め、さらに責任まで求めようとしている時代です。財政上の理由から、自治体議会も病院の赤字経営の責任を首長、事業管理者、院長に本気で求める時代になってきています。誰でも院長ができるわけではありません。
■病院経営がうまくいかない理由その2 病院経営に関する何らかの資格を持っているか?
院長に昇格するような医師であれば、それぞれ自分の専門領域の学会の専門医、指導医の資格を持っていると思います。院長になるような医師であれば、病院経営に関する国家資格ではないものの、診療情報管理士や医療経営士2級(医療経営士3級は、簡単に取得可能)の資格があると有用であると思います。そのためにも、病院内で、次の院長候補になる医師には、あらかじめ病院経営の勉強をしておいてもらうことも必要です。院長への昇格が決まってから勉強していては遅すぎると思います。
基本的な点から病院経営を勉強するのであれば、土・日曜日、夜間を利用した大学院での病院経営講座を受講することも有効かもしれません。通学可能な近隣の大学で探してみるといいでしょう。これは事務部長に関しても同じことが言えるのですが、公立病院では、本庁人事部との関係で、誰が次期病院事務部長になる予定か分からないため、あらかじめ勉強し、資格を取得しておくことが難しく、この点が他の公立病院以外の病院との大きな差であります。
■病院経営がうまくいかない理由その3 病院経営改善が病院の文化として根付いているか?
公立病院でも総務省の「病院経営分析比較表」によれば、医業収支比率が5年以上連続100%以上の病院が15病院あり、新型コロナ禍でも10年連続で医業収支比率100%以上の病院も3病院あります=表1=。
このような病院では、院長の交代があっても、病院全職員の文化として経営改善が持続されているものと思います。この中には中規模の病院もあり、院長の指導の下、全職員の努力によりこのような結果が得られたと思います。
■病院経営がうまくいかない理由その4 時期、院長候補に挙がる医師が院内に見当たらない
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次回配信は12月8日5:00を予定しています
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