今年の「第5回日本医療小説大賞」(日本医師会主催)は、中島京子さんの「長いお別れ」(文藝春秋)に決まった。介護離職が社会問題化し、家族介護に暗いイメージが付きまとう中、受賞作は、父親を介護した自身の体験を基に、「認知症」や「老老介護」の日常をユーモアたっぷりにつづった。「認知症介護のポジティブな面を伝えたいと思った」と話す中島さんに、この作品に込めた思いを聞いた。【聞き手・構成=敦賀陽平】
それまで認知症に対して暗い、重いイメージを持っていましたが、父と一緒にいると、少し語弊があるかもしれませんが、すごく面白かった。何て言うか、新しい、興味深い体験をたくさんしたんですね。これは小説にも書きましたが、私の名前なんて随分前に忘れているのに、難しい漢字はものすごく書ける。まだ認知症が進んでいない時に、家族でフランス旅行をしたら、父がセーヌ川を見ながら「あれが荒川だ」って(笑)。介護をする中で、予測できない行動がどんどん積み重なっていったんです。
介護現場にいる方も、そうした経験をたくさんしているみたいで、よく来てくださったヘルパーさんとかに話を聞くと、「10人いると10人行動が違う」とおっしゃる。その人の人生を背負って病気になるというか、その辺りがすごく面白かったんです。徘徊で家族が大変だとか、ご本人がかわいそうだとか、そういった視点から離れて何か書けるのではないかと思い、父が亡くなる前年の2012年秋から書き始めました。
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