「認知症の人の鉄道事故は、徘徊を防がず、監督義務を怠った家族の責任」―。認知症の人の鉄道事故裁判をめぐって今年4月に示された判決は、介護者に重い責任を課すものとして波紋を広げた。特に、認知症の人の家族や医療・福祉関係者からは「介護の実情を理解していない」との批判が相次いでいる。今後の最高裁判断が注目される中、NPO法人高齢社会をよくする女性の会が27日に東京都内で開いた勉強会では、介護に当たっている当事者らから戸惑いと怒りの声が報告された。【烏美紀子】
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2007年12月、認知症の男性(当時91歳)がJR東海の線路内に入り込み、列車にはねられて死亡。自宅近くの駅から列車に乗り、隣駅で下車した後、ホーム端のフェンス扉を開けて線路に降りたとみられ、男性が1人で家を出たのは、妻らが目を離した6-7分のすきだった。裁判は、JR東海が男性の家族に対し、事故の損害約720万円の賠償を求めて起こしたもので、1審の名古屋地裁は妻と長男に全額の支払いを、2審の名古屋高裁は妻だけに約360万円の支払いをそれぞれ命じた。
これらの判決に対し、厚生労働省老健局長などを務めた堤修三・元阪大教授は、「認知症介護の現実を無視したような判決」と断じた。「精神保健福祉法では1999年や昨年の改正で保護者の責任は問わなくなった。この趣旨を全く考慮していない」などと指摘し、「介護するものが全面的に賠償責任を負わされることになれば、家族や施設は(認知症者を)身体拘束したり閉じ込めたりせざるを得ない。どんなことがあっても最高裁で勝たなくてはならない」と強調した。
宮島俊彦・内閣官房社会保障改革担当室長も、「認知症になっても住み慣れた地域で生活できる社会」を目指す流れに逆行していることを問題視し、「こういう判決が出ると、『四六時中、監視しなきゃいけないのか』となってしまう」と批判した。
■徘徊は防ぎきれないという前提で対策を
さらに、会場からは「そもそも徘徊を完全に防ぐことは非現実的だ」とする報告が次々に出された。認知症専門デイサービスの職員という女性は、散歩中に線路内に進入した若年性認知症の男性の事例などを紹介し、「追い掛ける職員に石を投げながら逃げる。幸い無事だったが、多額の賠償の恐れもあった」「認知症の方は思いもよらない場所から外に出てしまう。火災の危険を考えれば、窓を開かないようにすることもできない」と指摘。認知症の知人男性が、やはり列車にはねられたという女性も、「その男性は、奥さんがトイレなどに行くと、そのドアの前に物を置いて出られないようにして外出したりしていた」と、徘徊を防ぐ難しさを訴えた。
認知症の人と家族の会東京都支部の松下より子副代表は、「認知症の人の徘徊は、地域が協力して見守り、保護する体制づくりが重要。本人や家族を責めるより、安心して暮らせるシステムができたらいいと思う」と訴えた。
高齢社会をよくする女性の会の樋口恵子理事長は、今後も医療や施設関係者を招いた勉強会を開くほか、シンポジウムなどで意見を発信するなど、この裁判に関する問題提起を続けていくとしている。
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