【米津・逢坂法律事務所 弁護士 逢坂哲也】
応召義務に関する問題の一つとして、今回は患者の医療行為の受領拒否について考えてみたいと思います。患者の受領拒否があれば、診療提供をしなくても、応召義務違反とならないのでしょうか。
この点が問題となった裁判事例(札幌地方裁判所平成10年(ワ)第2720号損害賠償請求本訴事件)がありますので、ご紹介します。
患者Aは、平成7年12月31日午前1時35分頃、酒気帯び運転中に交差点でスリップして、信号待ちしていた大型トラックに衝突し、負傷し、同日午前2時20分頃、B病院に搬送された。
診察の結果、患者Aは、左前胸部ないし左側腹部に打撲傷が見られたほかは目立った外傷はなかったが、血液検査の結果、肝臓等の損傷が疑われる状態であった。
病院側は当然入院治療を説明したが、患者Aは、帰宅を希望し、診療の続行を拒否し、点滴のチューブを抜去して、「トイレに行かせろ」と騒ぎ、その後、検査の勧めに対して、「いやだね、どうせ高い検査をするんだろう。これだから病院はいやだ。」「大きなお世話だ、いいから早く返せ。」とこれを拒否し、医師や看護師らに対し反抗的な態度をとり、その後も医師が診療を受けるように説得した際に、説得する医師の胸ぐらをつかみ、思い切り自分の方に引き寄せ、すごんだ顔で、「うるさいな。俺がどうなろうが大きなお世話だ。あほか。殴られたくなかったら、ごちゃごちゃ言わずに早く帰せ。」と言い、医師を後ろに突き飛ばし、同日午前4時頃、「帰るからな、じゃあな。」と言い、医師らの制止を振りきったため、病院側は警察官を呼ぶように指示をして、来院した警察官が、患者Aを連行して警察署に向かった。
その後、患者Aは、警察署で、スポーツ飲料を飲んだところ、倒れたため、再び、B病院に搬送されたが、搬送当時、すでに心肺停止状態となっており、担当医師らによって蘇生措置を講じたが、同日午前6時25分、死亡が確認された。死亡原因は脳挫傷とされた。
患者Aの遺族らは、診療等続行義務違反、経過観察義務違反、転医義務違反を主張して、総額約6200万円の損害賠償を求めて、B病院を提訴しました。
■医師の説明義務と患者の意思決定
裁判所は、医師法19条の応召義務に関して次のように判示しています。 Aの状態が診察、検査を続行し、経過を観察すべきであると判断される場合には、担当医師らは、Aが診察、検査を受けることを拒んだとしても、人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者として、医療行為を受ける必要性を説明し、適切な医療行為を受けるように説得することが必要である。
しかし、必要な説明説得をしても、なおAが医療行為を受けることを拒む場合には、それでも担当医師らに診察検査を続行し、経過を観察すべき義務があったということはできない。なぜなら、医療行為を受けるか否かの患者の意思決定は、患者の人格権※の一内容として尊重されなければならないのであり、最終的に医療行為を行うか否かは、患者の意思決定にゆだねるべきだからである。
前段で、応召義務の基本的な考え方に従い、患者が医療行為の受領を拒否した場合でも、病院側は適切な医療行為を受けるように説明、説得をしなければならないとした上で、後段において、病院側が必要な説明説得をしてもなお、患者が医療行為を受けることを拒否した場合は、患者の人格権を理由に、病院側の診療拒否の正当事由になり得る旨を判示しています。
(残り1569字 / 全3010字)
この記事は有料会員限定です。
有料会員になると続きをお読みいただけます。
【関連記事】