【北海道介護福祉道場 あかい花代表 菊地雅洋】
生き残ることができる種(しゅ)とは、最も強い種ではなく、最も賢い種でもない。変化できる種だけだといったことがいわれるが、これは介護事業も同じである。
介護保険制度によって、日本の高齢者介護サービスは劇的に変化した。制度自体も“走りながら考える”ようにスタートしたために、この18年間でマイナーチェンジ・メジャーチェンジを繰り返し、社会情勢の変化と相まって介護事業者の置かれる状況も大きく変わってきた。それに付いていける事業者だけが生き残っていけるのであり、制度開始当初の事業経営ノウハウにこだわっている事業者は先細りの一途をたどり、事業廃止に追い込まれざるを得ないだろう。
通所介護事業などは典型的なサービスだろう。制度発足当初の介護報酬は、介護バブルといわれたほど高く設定されていたが、中でも通所介護費は、1時間当たりの報酬単価が特別養護老人ホームの単価より高かった。しかも事業者数が少なかった当初は、事業を立ち上げれば利用者確保に困ることはなかったし、日中のサービスのため「夜勤をしなくてよい介護労働」を求める求職者のニーズとマッチし、人材確保にも苦労しなかった。しかも小規模通所介護事業は比較的安い資金で事業を立ち上げられた。事業を立ち上げれば、さほどの経営努力をする必要もなく収益を上げることができたのである。
そうした背景から、通所介護事業はフランチャイズ展開も可能だった。経営や介護の知識に欠けている経営者でも、事業立ち上げや経営ノウハウを教えてもらうためにフランチャイズに加盟し、親会社に加盟料金やロイヤリティーを支払い、経営や運営は“おんぶに抱っこ”の状態でも、利用者確保には困らず、営業収益は上げられたわけである。
お泊まりデイも、夜間の保険外宿泊料を収益の柱の一つにする発想で生まれたわけではなかった。宿泊する当日、宿泊している間、自宅などに帰る日の全てが保険給付額の高い通所介護の利用日となるため、収益が上がることを見越したものだった。
その過程の中で小規模通所介護事業者数が急速に増え、地域の中で競合する事業者が増え、サービス競争を余儀なくされていった。
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次回配信は12月27日5:00の予定です
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