在宅医療の拡大、成功のキーワードは
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■在宅部の患者数が10倍増、見えてきた課題も
大阪市西淀川区にある財団法人淀川勤労者厚生協会「のざと診療所」が在宅部を立ち上げたのは08年4月。西淀病院(同区、218床)を拠点とする同法人では、地域住民らのニーズに応えるため、法人内の4つの診療所で、早くから訪問診療も実施してきた。ただ、基本的には「午前は外来、午後は訪問診療」といった形態で、在宅患者の容体が急に悪化した場合などには、往診のために外来をストップしなければならなかった。
そこで同法人では、のざと診療所の在宅機能を外来機能から独立させた。当初のスタッフは澤田佳宏理事長と看護師、事務員の3人。20人程度の在宅患者の療養生活をバックアップした。いつでも往診できる体制を整えたことで、人工呼吸器を装着する患者や、末期がんの患者でも、病院から自宅に帰すことができるようになった。在宅部の管理患者数は1年で50人程度まで増えた。
訪問診療や往診の患者数は現在、グループホームなどの施設の入居者を含めて200人を超えた。それでも、在宅医療のニーズすべてには対応できていないため、300人まで増やすことを目標に掲げている。患者数の増加につれ、医療・介護スタッフ間で情報共有する難しさが増していると、西淀病院・家庭医で、同診療所・往診部の副責任者を務める中山明子医師は指摘する。
「在宅医療は、患者さんごとのナラティブ(物語)に合わせてオーダーメードすることができ、それが患者さんにとってのメリットだったり、医療スタッフにとっての面白さだったりすると考えています。患者さんのご家族のことや、ご自宅でどんな場所に座って過ごされているのかは、病院の診察室ではなかなか見えてきません。『百聞は一見にしかず』で、カルテに書き切れないくらいの量の情報がご自宅にあるのです。患者さんやスタッフの数が増えると、そうした情報の共有が難しくなるという課題も出てきます」
■多職種のカンファレンスで情報共有
情報共有を進めるため、のざと診療所では、地域で在宅医療に従事する医師や看護師、介護スタッフらが顔を合わせてカンファレンスする機会を設けた。ペースは週1回程度。実際にこの機会を通じ、「医師だけでは知り得ないような重要な情報を聞き出すことも、少なくありません」と中山氏は話す。
例えば、中山氏が担当していた40代の末期がんの女性患者の自宅を訪問したヘルパーからはこんな話を聞いた。その患者は母親として、同居する大学生の子どものことを気に掛け、「できるだけ家にいてあげたい」と在宅療養を選んだが、病態の悪化に伴い、だんだん思い通りに動くことができなくなっていった。
ある日、ヘルパーが訪問中、子ども部屋の扉が少し開いているのに気付いた。「よかったら、お片付けしましょうか」と提案し、患者の承諾を得てから掃除を開始。カップラーメンの容器などを拾いながら、少し前までは患者が、だるさや痛みを押して家事をしてきたのだと実感したと、カンファレンスで共有した。
これを聞いた中山氏は、患者が母親として家族を思う気持ちを、改めて知ることができたという。「診療できる時間が限られていることもあり、医師はどうしても、痛みや苦しみ、ご飯を食べられるかどうかといった医療的な問題を中心に聞いてしまいます」。だからこそ、患者1人ひとりに合った在宅医療を実践するには、多職種間の情報共有が不可欠だと強調する。
ただ、そうして情報を共有しても、200人を超える患者の顔と氏名、容体、抱える悩みなどを、すべて覚えていくのは至難の業だ。そこで、のざと診療所ではICTを導入し、患者情報を整理する仕組みの構築を進めている。
■ICT活用で担当医見直し、訪問時間を30分短縮
共有した情報を整理するほかにも、ICTの活用が進められている。その一つが、患者宅への訪問スケジュールの管理だ。在宅部を立ち上げた当初から、通院患者が訪問診療に移行する際には原則、外来で担当していた医師がそのまま訪問するようにしていた。患者の安心に配慮した形だが、患者数が増えると、訪問ルートはどんどん非効率的になり、問題化した。
そこで昨年9月、ICTを活用して担当医と訪問ルートを刷新。患者が特定の医師を強く希望する場合などを除いて、地域ごとに割り振り直した。その結果、医師が半日の訪問に要する時間は最大30分ほど短縮。その分の時間で往診に対応しやすくなった。
「患者さんの数がこんなに増えるとは、誰も考えておらず、規模が大きくなったからこその課題でした。見直し後の今は、新規の患者さんを受け入れる場合、どのルートに追加すればいいのかが、一目で分かるようになり、医師が診療行為に集中できるようになりました。また、看護師の残業解消にも効果が見られました」と中山氏。これらのほか、地域の薬局との間で在宅患者の処方せんをやりとりできるシステムも、近く導入する予定だという。
■スタッフが安心して職能を全うできる環境づくりを
在宅部門を立ち上げた医療機関が、患者数を増やす上でぶつかる壁について、医療コンサルタントはどう見るのか。「都心部を除けば、在宅医療を求める患者さん側のニーズは供給側を超えていると思います。しかし、簡単に患者数を増やすことができても、仕事の量が膨大になれば、スタッフが1人辞め2人辞め、最後には崩壊してしまう危険性があります」。そう話すのは、医療コンサルタント会社「メディヴァ」(東京都世田谷区)の大石佳能子代表取締役社長だ。
大石氏は、在宅医療部門を拡大させ続けるために、「エンプロイー・サティスファクション(ES、従業員の満足)とカスタマー・サティスファクション(CS、顧客の満足)の両輪を回す仕組みをつくらなければなりません」と指摘する。
従業員を満足させる方法と聞くと、給与アップなどがすぐに思い浮かぶかもしれない。ただ、重要なのは給与よりも、スタッフが安心して職能を全うできる環境だと、大石氏は説明する。例えば、夜間に患者から連絡があった場合などのオペレーションの流れを、しっかり決めておくことだ。もし夜間に電話を受け取った看護師が、医師に連絡する方法を知らされていなかったり、連絡を受けて往診に向かう医師が、患者の病歴などを確認できなかったりすれば、患者にとってもスタッフにとっても、リスクが高まってしまう。
スタッフの負担を軽減させるため、夜間や休日の電話の窓口業務をアウトソーシングする手段もある。こうして医師らの心理的負担を緩めれば、離職防止などの効果が期待できる。
また、患者宅を訪問するために運転手を雇ったり、患者宅での服薬管理を薬剤師に任せたりすることも重要だと話す。「ドライバーも看護師も薬剤師も雇わず、すべて医師1人で回れば、コストは一番下がります。これに対し、あえてスタッフを雇うと、医師は診療に専念できますし、移動時間を使ってカンファレンスすることが可能になります。それで残業が減ればESが高まりますし、訪問件数が増えれば収入アップになります」。
医療機関の経営者側はどうしても、コストを削減したいと考えがちだ。しかし、「在宅医療を成功させるためには、縮小均衡ではなく拡大均衡を目指すべきです」と大石氏は念を押す。薬剤師などの専門職を雇用すれば、多職種による質の高い医療が提供できるようになる。そうしてスタッフが「いい医療を実現できている」という充足感を得られる職場をつくったことで、スタッフ数が自然と増え、患者数も増える好循環が起こるところを、何度も見てきたからだ。
■考え方変える研修も重要
大石氏が在宅医らと共に講演した「在宅医療ノウハウセミナー2013」で、医療機関の経営者らを対象に実施したアンケート調査(複数回答)では、在宅医療を行う上での不安要素として最も多く挙げられたのが、医師や看護師などのスタッフの確保だった。ここからも、ESを高めて離職を防ぐ重要性が示唆される =グラフ、クリックで拡大= 。
経営者らの頭を特に悩ますのは、在宅医療に従事する医師の増員だが、その解決策の一つとして大石氏は、「当直のアルバイト医師に、在宅のアルバイトを頼むという手もあります」と提案する。
さらに、在宅部門で働き始めた医師が、「これからは入院中だけでなく、退院後も診ることができるようになった」などと役割の変化を前向きにとらえられれば、高いモチベーションを維持できるとも指摘。病棟に勤務していたころと同じ考え方のまま在宅医療を始めると、「病棟の外の患者を診るのは自分の役目ではない」などと不満を募らせかねないからだ。また、もし病棟を中心に診療する医師が検査などのための通院を求めれば、在宅療養中の患者の満足度を下げる恐れもある。医師らの考え方を変えるきっかけとなる研修なども、在宅医療を成功させるカギになりそうだ。
■質問に答える前向きな姿勢でCSアップ
一方、CSを向上させるポイントとして大石氏は、患者家族を含めたチームで、在宅医療に取り組むべきだと強調。その上で、連携先の介護スタッフや患者家族からの質問になるべく答えるよう、医師らに勧める。
「医師にとって当たり前のことが、介護スタッフや患者家族にとっては当たり前ではないということが、しばしばあります。その感覚のずれから、介護スタッフらからの質問に対して『くだらない』という態度を示す医師もいますが、チーム内で情報を共有することは当然でしょう。質問にはきちんと早く答える前向きな姿勢が大切です」
連携先のスタッフや患者家族と構築すべきはウインウイン(相互利益)の関係だ。連携の仕方の一つには、往診の加算などの点数が高い機能強化型の在支病などの要件を、複数の医療機関で協力してクリアすることも含まれる。ESとCSの両方を高めれば、在宅医療の拡大を進めて、多くの患者の在宅医療ニーズに応えつつ、収益を増やしていくことができそうだ。
14年度改定の影響や、在宅医療拡大のポイントについては、富士通が主催する 「現役在宅医と医療コンサルが語る 診療報酬改定から見る、経営戦略セミナー」(詳細はここをクリック) で中山氏や大石氏が詳しく解説する。
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