東京都港区の愛育病院は2009年春、三田労働基準監督署から労働環境の是正勧告を受け、都の総合周産期母子医療センター(総合周産期)の“看板”を返上する寸前にまで追い込まれた。名門病院を突如襲った労基署の勧告。当時院長だった母子愛育会総合母子保健センターの中林正雄所長は、その危機をどのように打開したのか。そして今、政府が推進する働き方改革をどう見ているのか―。中林氏がその思いを語った。【敦賀陽平】
愛育病院に労基署の立ち入り調査が入ったのは、09年1月のことだった。調査は翌月も行われ、病院側は3月17日付で勧告を受ける。労働基準法に基づく労使協定(三六協定)を結ばず、医師を長時間働かせていたとして、勤務環境の改善を求める内容だった。
前年秋には、都の総合周産期に指定されている3病院を含む、都内の8つの病院で受け入れを断られ、妊婦が死亡する事例が発生。メディアで大きく報じられるなど、社会問題となった。秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまがお生まれになったことで知られる名門病院が狙われた背景には、こうした事情があったとみられる。
現行法は、1日8時間・週40時間を超える労働を原則禁じている。ただ、三六協定を締結していれば、月45時間・年360時間までの時間外労働が認められる上、労使が合意した範囲内でこれを超過できる特例もある。労基署側は勧告で、月45時間の上限を厳守し、時間外労働に対する適切な賃金を支払うことなどを求めた。
愛育病院では当時、日勤の給与の3-4割増に相当する夜勤手当を支払っていた。一回につき約7万円という手厚い報酬で、職員の満足度は高かったという。また、子育て中の女性が休暇を取りやすくするため、複数の医師による主治医制を採用するなど、既に勤務環境の改善にも取り組んでいた。
ネックとなったのは、時間外労働の上限だった。総合周産期の指定病院では、常時複数の産科医を働かせることが義務付けられている。このため病院側は、常勤医と非常勤医の2人体制で夜間勤務に対応していた。常勤医は14人いたが、このうち4人は育児などで夜勤に入れず、オンコールに対応する管理者を除いた6人でシフトが組まれていたという。
勤務時間は午後5時から翌朝の午前9時まで。一人当たりの夜勤回数は月5、6回となり、月45時間の上限を超えてしまうが、法定上限を満たせば、夜勤体制は維持できない―。
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