排泄ケアのプロを育成し、要介護者の自立支援へ
訪問看護ステーションややのいえ代表・榊原千秋氏
高齢者の排泄ケアを通じて自立支援を考える取り組みが広がっている。石川県小松市で「訪問看護ステーションややのいえ」などを運営するコミュニティスペース88Labo代表の榊原千秋氏が提唱する、排泄ケアのプロフェッショナル「POOマスター」を取得した看護職や介護職ら650人が現在、全国の在宅介護や介護施設などで活躍する。介護現場での排泄介助については、利用者の「人間としての尊厳」とのバランスが常に課題に挙がる。榊原代表は「排便障害と排尿障害は、何らかの原因がある。それを取り除くことができれば通常の排泄を取り戻せる可能性がある。利用者の尊厳を守った排泄介助と、自立支援にもつながる」と訴える。
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「あなたは排泄物を誰かに見せたいですか」-。榊原代表は、こんな問いを介護現場で職に就く人へ常に投げ掛ける。答えは「誰にも見せたくないですよね」。排泄は人間の尊厳に直結する大きな問題だ。それだけに介護サービス利用者への配慮は欠かせない。だが、「現状はルーチンケアになっているケースが圧倒的に多い」と心配する。
榊原代表が考えるルーチンケアとは、オムツ交換やトイレ誘導だけを作業として行うこと。もちろん介護現場での経験の長い榊原代表が、多くの利用者の排泄介助に少ない職員で対応している実態を知らないはずはない。そして介護現場で職に就く多くの人が、業務効率と利用者の尊厳を守ることとのバランスの取り方に悩んでいることも。榊原代表は、利用者それぞれの排便・排尿障害に着目。「障害になる原因を取り除けば、自立した排泄も可能性が高まりオムツの着用が減り、利用者の尊厳を最優先した対応ができるようになります」と話す。
排便・排尿障害と排泄ケアを結び付ける考えを持ったきっかけは今から30年以上前。当時、保健師として同市の在宅介護支援センターで勤務していた際、し尿まみれの布団の中で生活する高齢者に出会った。「とてもショックでした。その時は、いいオムツがあれば、この人は救われるのではと思い、排泄ケアの勉強を始めました。その後、現NPO法人コンチネンス協会・名誉会長の西村かおるさんの講演を聞き、考え方が変わりました。西村さんは、漏れている便、尿には全て理由があると。それまでは後始末ケアだけを考えていたため、目から鱗が落ちた気持ちでした」。
それ以来、排泄ケアに排便・排尿障害の視点を取り入れた榊原代表。「漏れている便、尿には全て理由があります。しっかりアセスメントし、適切なケアを行えば、利用者は自立できるかもしれないのです」と強調する。印象的なケースとして榊原代表が挙げたのは認知症の高齢者。夜間30分おきにトイレへ行く頻尿で、病院で診てもらうと尿路感染症だったという。「抗生剤を処方してもらい、尿路感染が治ると、頻尿は解消し、その方は6時間睡眠が取れ、別人のように明るい表情になりました」と明かす。「自立した排泄が、その人に希望を与えることもあります。排泄の自立によって、その人の生活や人生を取り戻すきっかけにもなり得るのです」と榊原代表は語る。
■排泄ケアのプロが全国で650人活躍
頻尿には何か理由がある。こうした視点があるからこそ適切な対応に繋げられた。そのためには、「排泄ケアに関して正しい知識と正しい技術の両方を備える人材を育成する必要がある」と強調。2016年に榊原代表はPOOマスターという資格を考案、それ以降、人材の養成に取り組んでいる。「米国などでは小さな子どもにうんちしようという際、プープーと言います。生まれてから最後の日まで気持ちよく排便できるケアをお手伝いするという思いを込め、資格名に“POO”と付けました」と笑顔で話す。
榊原代表はPOOマスターを、排便ケアを基軸としたコミュニティケアのプロフェッショナルと位置付ける。22年には養成研修会を10回開催。そこで、排便のメカニズムや事例を通じて排便ケアを学ぶ。研修会の最後に実施する認定試験に合格すれば、POOマスターとして認定される。これまでに650人を輩出し、介護現場だけでなく病院などでも活躍しその教えを広げつつある。23年は6-10回の研修会を予定。「さまざまな地域でこの教えを体現する人材が生まれれば、施設や病院ではチームケアができ、地域包括的な排泄ケアというシステムも作れます」と前を見据える。
尊厳とケア両立の視点で製品開発も
NECプラットフォームズが支援
こうした人間の尊厳を重視した排泄ケアの取り組みを製品で支援する企業も出始めた。NECプラットフォームズは、排泄の自立を支援し、トイレの見守りと記録業務の効率化につながる「NECサニタリー利用記録システム」を榊原代表が運営する北陸地域初のホームホスピス「もう一つの家ややさん」に提供する。
同システムは一般の便器の縁に排泄検知ユニットを装着することにより、排尿回数や便の硬さなどの性状を把握し、トイレ内に設置した制御ボックスのAIで分析・自動的に記録する=図=。介護現場では、職員が排泄状況を確認するため、他人に見られながら用を足すケースが少なくないこともあり、利用者の尊厳を守りにくい状況にある。このシステムを使うことで、「職員は遠隔で排泄状況を確認できるため、利用者の羞恥心に配慮し尊厳を守ることができる」(同社オプティカルネットワークプロダクツ事業部シニアエキスパートの三重野勤氏)と説明する。
利用者の尊厳を守ると同時に、DXによる業務効率の改善にもつながる同システムだが、榊原代表は別の視点にも着目する。アセスメントを行う際の情報収集の精度向上への期待だ。便・尿の排泄障害を改善するために、利用者の排泄物を現場職員が目で確認する作業は、避けられない。「職員は、排泄介助や記録業務が効率化されることで別の業務やコミュニケーションに時間を振り分けられるようになります。また利用者は、排泄物を見せずとも自動的に記録が付けられるため、誰にも見られたくないという人間の尊厳を守りながら、より適切なアセスメントができます」と同システムを評価する。
「最も大切なことは人間の尊厳を守りながら、それぞれの人に合った介助をすることです。DX化により業務効率が改善されれば、より多くの時間を適切な介助にかけられるようになります。すでに人の行うケアとDXとの協働が始まっています」。榊原代表は、こう未来の介護現場の姿に期待する。
POOマスターをはじめ榊原代表の取り組みなどを紹介するサイト
「ややのいえ&とんとんひろば」
http://sorabuta.com/
「NECサニタリー利⽤記録システム」サービスついての問い合わせ
https://www.necplatforms.co.jp/solution/sanitary/
NECプラットフォームズ
https://www.necplatforms.co.jp/
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