地域医療を土台から支える「総合診療医」が注目
教育に注力する福島医大・総合診療医センターの取り組み
少子高齢化が医療分野でもさまざまな影響を与えています。その1つがさまざまな病気やケガの後遺症などを併せ持つ「多疾患併存(multimobidity)」患者の増加です。一方で、人口減少に伴い、医療体制を支える医師不足は、特に地方で深刻な問題です。今後の医療を支えるためには、医師1人1人の守備範囲を広げることが欠かせません。そこで昨今、注目されているのが問診と身体診察を武器に、患者の相談に乗り、適切な情報を提供する「総合診療医」です。総合診療医の数として福島県は他県より高水準にあるとされています。その中で、総合診療医の育成などに当たる福島県立医科大学・総合診療医センターで講師を務める医師の菅家智史氏に、いま総合診療医が求められる背景や、その役割、福島県内の状況について聞きました。
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―総合診療医への関心が高まっています。
これまでは医学をより発展させ治療できる疾患を増やすという観点から、領域に特化した医師の育成が重視されてきました。各専門の医師がそれぞれの分野の疾患の治療を発展させ、今の医療があることは言うまでもありません。一方で、高齢化が進み、いろいろな病気を抱える多疾患併存の高齢者も増えています。同時に社会的・経済的な事情も絡み合った患者の対応に、領域別の医師中心の医療現場ではとても負担感が広がっています。
また、日本の医療制度は、内科、外科、産婦人科など、どの診療科を受診するのか、まずは患者が決めなければなりません。医療知識の乏しい患者からすれば、とても難しい判断を行うことになります。
医療知識はもちろん、地域事情などにも関心を持ちながら診療する、総合診療医が一定数いることで、住民からすると自分のことを知っている医師が身近にいるという安心感が生まれます。総合診療医がまず患者からの相談を受け、自身で対処できる範疇ならばそのまま治療し、範疇を超えていると思えばその領域を得意とする医師を紹介するという役割です。この役割を担うためには幅のある医学的知識はある程度必要になってきます。総合診療医がいることで、他領域の医師も得意分野での能力を生かしやすくなります。多疾患併存を抱える患者が今後さらに増える中で、医師不足という問題も大きく横たわっています。総合診療医は、今後の医療提供体制を支える重要な役目を担っているとして関心が高まっています。
―菅家先生はどうして総合診療医を目指したのですか。
私は福島県会津地方の生まれ育ちです。2004年に福島県立医科大学医学部を卒業し、臨床研修必修化一期生として医師としてのスタートを切りました。それまでは大学の医局に残るのが普通のキャリアプランだったのですが、大学にこだわらず関心のある分野に飛び込むような雰囲気が生まれてきた時期でした。
医学生時代は、1つの分野だけを掘り下げるというよりは、幅広い分野に興味や好奇心を持っていました。自分の性格から「これは診られません」と言うのが嫌だったということもあり、総合診療に興味を持ちました。県内で総合診療を行っている病院での臨床研修を考えていたのですが、当時県内で総合診療を実践している病院を見つけることができませんでした。たまたま大学の掲示板に貼られていたポスターがきっかけで総合診療を実践していた札幌市内の病院に出会うことができ、臨床研修時代を過ごしました。
臨床研修2年目の時、現在の上司(地域・家庭医療学講座 葛西龍樹教授)が福島医大の教授に着任したという話を聞き、総合診療を勉強しようと福島へ戻りました。そこから、浜通り(相馬市)、中通り(伊達市)、会津(只見町)の病院や診療所で、総合診療医としての研修を行ってきました。今は福島医大の教員として地域・家庭医療学講座と総合診療医センターを兼任し、医学生や総合診療医を目指す医師の教育に取り組んでいます。
■県内3カ所で育成プログラム、総合内科と連携も
―総合診療医センターの役割を教えてください。
医師を目指す学生、総合診療をサポートする医療機関、総合診療を志す医師、総合診療を必要とする地域をつなぐ架け橋というテーマで活動しています。具体的には、臨床研修が終わった3-5年間の臨床専門研修でのプログラムやカリキュラムの運営が大きな柱です。卒前の医学部学生たちや臨床研修の最初の2年間の教育、地域で総合診療を実践する医師の支援にも積極的に取り組んでいます。
現在、福島医大関連の総合診療のプログラムは、福島医大附属病院、会津医療センターと、白河厚生総合病院(福島医大白河総合診療アカデミー)の3本柱で運用しています。
また、私たち総合診療医センターは、総合内科医と病院で働く総合診療医を同義と考えています。そのため、総合診療医センターは総合内科を目指す医師の支援にも取り組んでいます。
―菅家先生が総合診療医を育成するに当たり特にこだわっている点は
キャリアを選択する時に、「自分はこういう仕事をしよう」と考えるきっかけやモチベーションがあると思います。私の場合は、1つの分野だけを診ることへの違和感を持っていたところに、臨床研修病院のポスターを見つけて見学へ行き、総合診療への興味・関心につながりました。漠然と思っていた自分の考えが「総合診療」として実践されていることに出会わなければ、今の私はなかったと思います。ですので、まずは医学生や研修医などこれから専門分野を選択する世代が総合診療医に出会い、総合診療医の役割に興味を持つ機会を増やしたいと考えています。
例えば、医学部の学生であれば総合診療医が講義の機会を持つというのが1つです。福島医大の総合診療医センターは診断学、病棟実習入門など、分野横断的な講義を数多く担当しています。また、総合診療医の下で実習することもその1つです。福島医大のカリキュラムでは全ての医学生が総合診療医の下で2週間実習することになっています。
総合診療への興味関心が高い積極的な方へは、大学カリキュラムとは別に中山間地域などで総合診療を提供している医師との交流を企画しています。例えば21年から「夏の学校」という体験企画を行っています。
夏の学校は、22年は3回開きました。1回につき学生2-4人ぐらいの少人数で、その地域で診療されている先生から、地域の特性や現状、問題点などを聞いた上で、それぞれが診療先を訪ね、現場を見たり、先生の話を聞いたりしながら、総合診療の実際に触れてもらいます。
若い世代と総合診療医の接点を増やすという取り組みをコツコツと積み重ね始めたところで、来年度以降も続けていこうと思っています。
■大切なのは患者とのコミュニケーション力
―総合診療医として大切なことは何でしょうか。
幅広い医療知識は当然必要なのですが、それと同等に大切なのが患者とのコミュニケーション力です。昔は急性疾患の治療が医療の役割の大部分でしたが、近年は慢性的な病態の管理が医療の大きな役割となり、患者さん自身に行動を変えてもらうことで、症状が軽くなったり、予後が良くなったり、疾患の予防にもつながります。医師が患者とどうコミュニケーションを取るかによって患者の行動は変化するため、大事な診療スキルの1つになっています。
医療の目的は患者の人生を少しでも良くすることで、そのために私たちが持っている医学知識や技術をどのように利用するか、ということだと思います。そうすると患者にとって良いこととは何かを私たち医師も理解する必要があり、患者自身の価値観、大事にしていることについて話をする必要があります。患者の希望に合わせて「医学的な方策としてこういう手段がありますよ」と提案するためには、コミュニケーションが当然必要になります。患者が求めているものと医師側が提示するものとがかみ合わない、ということは医療現場でよく起きることですが、それをできるだけ少なくしたいと考えています。
―福島県内の総合診療医の現状を教えてください。
福島県は医師そのものの数は他県に比べて少ないという状況は続いているのですが、その中で総合診療医は他県に比べても多いのではないでしょうか。もちろん、充足しているわけではないですが。
葛西龍樹教授を中心とする地域・家庭医療学講座に私は所属しますが、そのグループとして県内の医療機関に勤務している医師も含めて30人ぐらいの仲間がいます。福島医大会津医療センター総合内科(山中克郎教授)、福島医大総合内科(濱口杉大教授)など総合内科を研修・実践する医師も含め、福島医大関連の部局に70人前後の総合診療医が在籍しています。本格的に総合診療を実践している医師がこれだけ集まっている大学や県は、全国の中でもそう多くはないはずです。そういう意味では、いまの福島県内の総合診療は熱いと言えるのではないでしょうか。
―福島県での総合診療医については見通しが明るいということですか。
他県よりも総合診療医の数が多いと言いましたが、全体の医師数もそうですし、総合診療医の数としても決して明るいというわけではありません。将来を見据えて、医学生や若手医師などへの教育に力を入れていますが、こうした若い方が活躍されるのは10年先ぐらいかと思っています。目の前には、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり超高齢化社会に突入する「2025年問題」があります。
このため、2つの点も大切にしています。福島医大で学び、研修を通じて能力を身に付けた総合診療医が、福島県内で長く働き続けてもらうために、指導医向けの研修会を企画運営しています。また、他の分野から総合診療医へのキャリアチェンジを考えている医師からの相談も、総合診療医センターで受けています。
実際に昨年、別分野を専門としていたキャリア10年前後の勤務医から、診療所などで総合診療医の仕事をしてみたいと相談を受けました。見学先の紹介やキャリアについての面談で支援を行い、県内の在宅医療を積極的に提供する医療機関に就職されました。総合診療医としてキャリアチェンジにつながる支援ができたと思っています。
■患者に伴走する総合診療医、活躍の場は多く
―最後に。総合診療医に関心のある方へのメッセージをお願いします。
総合診療の実践を通じて、多くの患者さんとのお付き合いが、自分自身にとってはとても貴重だと感じています。自分一人の人生では感じることができないことや分からないことを、患者の人生に伴走することで学んでいると思います。総合診療医の特徴として、患者にどんな疾患が生じても長期的な関係性が続く役割をもっているので、人生の難しさ・複雑さを学ぶ機会も多くあります。地域で暮らす一人として、地域の人々のより良い生活に少しでも貢献できればという思いでも仕事をしています。
福島県内には総合診療医のニーズはたくさんあります。街中の診療所だけでなく、人も医療者も少ない中山間地域で総合診療医として働いたり、病院で勤務したりするなど、活躍の場はたくさんあります。他県に比べて福島県内には総合診療医が多く、仲間がたくさんいます。総合診療医に興味がある方は、現場で活躍している医師たちと話すことで一番イメージがつかめると思います。ぜひ私たちにお声かけください。
■コンセプト動画「医療を繋ぎ、地域を結ぶ」
医療介護経営CBnewsマネジメント
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