病院のロボット導入、DX化 数年先の効果を見据えて
神奈川県ロボット実装支援報告セミナーレポート
「働き方改革を実現する病院DX~神奈川県『新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業報告』」(共催=神奈川県、NTTデータ経営研究所、CBホールディングス)と題したオンラインセミナーが7月28日に開催されました。第1部では、足元の病院DX化の状況を、東日本税理士法人代表の長英一郎氏が解説。第2部では、鎌倉市・湘南鎌倉総合病院でのロボット導入実証で得られた知見などを踏まえ、県が作成した「ロボット等導入手順書」をNTTデータ経営研究所の吉原理人氏が説明し、ロボット導入へのハードルの低さを講演で強調しました。第3部はパネルディスカッション。モデレータをNTTデータ経営研究所の清水祐一郎氏が務め、長氏と同病院・事務長の芦原教之氏が本音トークを繰り広げました。
今年度も引き続き、同病院を含め4施設でロボットやIoTの導入実証が行われます。現在、同病院の課題を解決するロボットやIoTを募集中です。詳しくは「令和4年度新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業」まで。
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■多職種の連携はスマホ機能の活用で
「働き方改革を実現するための病院のDX戦略」をテーマに講演した長氏は、スマートフォンの活用を強調しました。iPhoneを導入し、DXを具体化している愛媛県四国中央市の「HITO病院」のケースに触れ、チャット機能の活用で、1対多数のコミュニケーションが可能となり、多職種連携が進んでいるとしました。
長氏によりますと、チャットのうち、複数人で情報を共有できる「グループ投稿」は90%に。働き方改革に向け、よりチーム医療が重要視される中で、情報共有もさらに大切になります。「グループ投稿を活用することで、今まで以上に情報の共有が進んでいます」と長氏は説明します。多職種間でのコミュニケーション向上にも一役買っていると言います。チャットを導入する以前の連絡手段はPHSなどの電話でした。例えば、看護師が医師に連絡する際に、診察中などタイミングが合わないこともあります。「チャットであれば、それぞれが都合のいい状況の中で、情報を確認できます」(長氏)。
こうしたチャット機能を持つスマートフォンですが、まだまだ病院の多くはPHSでの情報受発信が目立ちます。長氏は、今が切り替えのタイミングではないかと考えます。「PHSは来年3月で終了と言われていますが、そのまま使い続けることもできるでしょう。ただ、修理などに対応する所が減り、結果的にコストアップにつながる恐れがあります」と話しました。また、昨今の大規模な自然災害などによる通信障害の点からもスマートフォンによるチャット機能は有効としました。「院内でWi-Fiを整備していれば、電話が使えなくてもチャットで、情報受発信ができます」と指摘しました。
働き方改革の貢献ツールとして注目するスマートフォンですが、導入時の注意点として2つ挙げています。1つは情報セキュリティーへの対策。「厚生労働省のガイドラインを順守してほしい」と長氏は述べました。もう1つは導入時のコストです。長氏は、スマートフォンではチャットの他、画像をそのまま電子カルテに落とし込めたり、文字を音声で入力したり、電話以外の幅広い機能が働き方改革に役立つとしました。その分、導入費用も高額になることから補助金の活用や、「一括導入するのではなく、スマホの機能が活用されやすい所から取り入れ、徐々に広げていく方がいいのではないでしょうか」と述べました。
■病院へのロボット導入 指南役は手順書
神奈川県産業振興課が今年3月にまとめた「令和3年度新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業に係るロボット等プロジェクト ロボット等導入手順書」。NTTデータ経営研究所の吉原氏は、「ロボットで働き方改革!? 湘南鎌倉総合病院のDX実践事例-令和3年度新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業成果報告-」をテーマに、この手順書のポイントを分かりやすく解説しました。
実証では、看護師が、患者・その家族に行う入退院説明、検査説明にロボットを活用。“看護師の働き方改革”によるタスクシフト・タスクシェアを「入退院説明ロボット」に託しました。1週間という期間ですが、検査説明全てをロボットが担うなど、病院の働き方改革につながる成果が得られました。(詳細は、「検査説明全てロボットが対応、看護師の業務効率向上へ 【病院の未来】神奈川県ロボット実装支援からの展望(上)」をご覧ください。
なぜ、どうして、湘南鎌倉総合病院は、幾つものロボットがある中、入退院説明ロボットを取り入れたのでしょうか。湘南鎌倉総合病院でロボット実証をする際、NTTデータ経営研究所が念頭に置いたのは、他の医療機関でのロボット活用事例です。他の医療機関での事例を職員同士が共有することで、自分たちが働く病院内でロボットが活躍する姿を想像してもらいました。「いきなりロボットの活用方法を職員に尋ねても、具体的なイメージが持てません」と吉原氏は明かします。
それぞれの職員がロボット活用に関してイメージを持ってもらった上で、職員からどのような業務でロボットを導入したいかについてアンケートを実施。回答してもらいやすいように院内SNSを使いながら、集まった回答は99件。その中に「入退院説明」という回答があったことから、入退院説明ロボットを導入することが決まりました。
入退院説明ロボットを導入したいと決まったら、次に行ったのは課題などの設定です。現状の看護師業務を確認し、入退院や検査説明など定型的な業務に時間が割かれているということが分かりました。「看護師でなくても担える業務」など仮説を考え、「入院や検査説明の代替による業務効率化」をはじめとしたロボットを入れる小さな目的を明確にしました。さらに、導入する際の施設の制約はないのか。例えば、床面に段差や傾斜がないか、無線通信環境は問題ないか、ストレッチャー等が通行するか-など。こうした確認を踏まえ、ロボット要件を検討しました。
その後、ロボット事業者との打ち合わせに入りますが、今回のケースではわずか2回。安全対策も十分に検討する。例えば、曲がり角や扉から人が飛び出し、ロボットと衝突-。なんてことも想定されるリスクです。こうしたリスクを想定し、安全な速度に制御したり、音を鳴らしながらロボットを走行させたり、リスクアセスメントも実施し、実証に挑みました。
こうしたさまざまな取り組み項目などを分かりやすくまとめたのが手順書です。
吉原氏は、「実証により、ロボットは、定型、正確さが求められる業務での導入で効果があることが分かりました。人との役割分担を明確にすることで、ロボットの活用方法も見えてきます」と話します。そして手順書を、DX成功への「道筋」と吉原氏は位置付けました。
■自分の業務の隙間をロボットで埋める
第3部では、NTTデータ経営研究所の清水氏がモデレータを務め、長氏と事業の舞台となった同病院・事務長の芦原氏をスピーカーに招いたパネルディスカッションがありました。ロボット、DXを導入した病院の未来の姿に迫りました。
清水氏 湘南鎌倉総合病院での取り組みについて感想や印象を教えてください。
長氏 入退院説明ロボットですが、そもそもロボットである必要はないのではないでしょうか。iPadで見せてもよいのでは、と率直に思いました。
芦原氏 元々、長先生の発想と同じで、iPadで動画を見せていました。看護師が病棟に上がり、患者さんを部屋まで案内するという、これまでの業務を、ロボットができないか-という発想の延長線上に、入院時の説明があります。
長氏 (実証事例では)清掃ロボットもありましたが、清掃委託費が上がってきている中で、長期的には回収ができるのでは。
芦原氏 おっしゃる通りです。清掃委託費は、病院の増築で面積が増えたこともありますが、それ以上に人件費の高騰から上がってきています。人でなければならない所と、そうではない所とを考え、清掃ロボットでの実証もしてみました。実証後も、スピンアウトし、この清掃ロボットは当院で稼働しています。目先の効果よりも、2、3年先を見据えた効果を期待しています。
長氏 委託費が圧縮できるということは、ロボット導入による経営効果と言えますね。
清水氏 タブレットでできることを改めてロボットでやってみた面はありますが、その先の発展形として、入退院説明ロボット「てみ子ちゃん」が小物を搬送するなど、応用系も見えてきました。実際に、ロボットを使ってみて、職員の意識の変化はありましたか。
芦原氏 私は当初、看護師は、ロボットを嫌うだろうなと思っていました。ところが、実証しようと動き出すと、非常に前向きで、自分たちの業務をロボット活用でどう合理化できるか、私以上に真剣に考えていました。
ロボット実証を終え、看護部の中に、「主任・副主任会」というのがあるのですが、その中で、これからもロボットを導入していきたいというプロジェクトが立ち上がりました。今まで、われわれが描いていた、全てを万能にこなしてもらえるロボットは、実証ではかないませんでしたが、一方で、人とロボットが共存しながら、自分の業務の隙間をロボットがどう埋めてくれるか。こんな意識が芽生えてきました。
清水氏 湘南鎌倉総合病院でロボット実証を行う際、職員からSNSを使ってアンケートを取りました。99人から回答があり、これはSNS効果だと思っています。ただ、SNSを全ての病院に浸透させるのは難しい側面もあります。SNSやDXを進める中で、成功しやすいパターンなどはあるのでしょうか。
長氏 「262の法則」(どのような組織も、優秀な人材2割、普通の働きをする人材6割、2割が貢献度の低い人材)ではないですが、使わない人はずっと使わないと思います。そのため、SNSに情報が共有され、見なければいけない環境に持ち込んでしまえば、2の人材もついてこざるを得ないわけですが、定着するまでには時間がかかりますね。
芦原氏 一定の人数は使わないというのは、確かにそうですね。当院では、ちょっと仕掛けをしており、給与明細を、電子明細にし、その中でしか見えないようにしています。必然的に、それを活用せざるを得ないようにしています。ただ、どうしても活用したくない、というケースも人もいますので、共有のPCやタブレットで閲覧できる環境も用意しています。
清水氏 湘南鎌倉総合病院は、今回の事業より以前から、DXに関してさまざまな取り組みをしています。
芦原氏 当院はロボットやDXでの切り口を、患者と職員、地域の視点から3通り考えています。患者でいえば、一番の課題点は待ち時間です。何がトリガーで、待ち時間が長引いているのか。そこに人を投入するのか、ロボットを投入して、課題を解決するのかという視点で考えています。
例えば、検体の自動搬送ロボットを導入しました。検査技師の業務負担が軽減され、人件費が下がると言われたのですが…。導入時の検査技師は10人でしたが、今は11人です。DXを取り入れても、人は削減できないというのが正直な答えです。実は電子カルテもそうです。当初は、医事課のレセプト業務にかかわる10人が1人になると言われましたが、より複雑になって10人が20人になりました。
ただ、検体の自動搬送ロボットを導入したおかげで、検体の精度や結果時間の短縮につながりました。ここは価値があります。ロボットを導入し、採血コーナーを増やしたことで、患者の待ち時間が大幅に短縮されました。それまでは待ち時間が1時間半だったのですが、10分、15分になりました。ただ、一方で、診察前の待ち時間が増えました。こうした流れを、われわれがどう考えていくのかが課題ですね。
清水氏 働き方改革の中で、ITにより新しい仕事が生み出され、どんどん忙しくなる、という矛盾なのでしょうか。最初のトリガーは働き方改革だが、実は患者サービス向上に寄与しているとも言えます。
長氏 患者と触れ合う時間を増やすというのは、医療従事者にとっては原点ですね。先ほどの採血の話は、いい事例だと感じました。
清水氏 湘南鎌倉総合病院でロボットやDXを推進するきっかけを教えてください。
芦原氏 やはり新型コロナウイルス感染症の拡大ですね。医療現場としては非常に厳しい「医療法」から特措法が適用され、いろいろなことをやってみようという発想から、取り組みを始めました。持続可能性を考えると、医療法の中で、どういった取り組みができるのかを考える必要があると思っています。
長氏 近未来の医療が今、湘南鎌倉総合病院で繰り広げられていると感じますね。千葉から救急搬送されたコロナ患者を受け入れているという話ですが、今後、病院の集約が進む中、コロナとは関係なく、県外の患者を受け入れるということになるのかもしれませんね。
芦原氏 おっしゃる通りで、病院も、いわゆる勝ち組、負け組に区分される日もあるかもしれませんね。ただ、その先には地域の患者がいて、目の前に病院があるのに、受け入れてもらえない、ということがないとは言い切れません。
長氏(写真・中) そう考えると、県単位や二次医療圏という考え方がナンセンスな時代になっているのではないでしょうか。
清水氏(写真・左) コロナ禍で、ロボットメーカーなどの企業のアプローチが増えていると思いますが、企業とのコミュニケーションの取り方で戸惑いはありませんか。
芦原氏(写真・右) 企業が持ってくるロボットは完成品で、使える用途範囲は決まっています。そのため、無理やり医療の現場に当てはめようとするセールストークはあります。医療側のニーズを想定して、医療側が多分必要だろう、という発想で来るので、ニーズは食い違っており、話がかみ合いません。
ただ、医療側のニーズをくみ取り、そこから変化させます、という意識を持っている企業もあります。しかし、そのような場合でも、病院現場の人間が、ロボット開発メーカーの説明を聞いても、言葉が分からず、伝わりません。医療用語も特異的ですので、双方の話を翻訳する職域が必要になります。
当院では、2年前から、「デジタルコミュニケーション室」という組織をつくって、対応に当たってきました。
長氏 「HITO病院」でも推進室があります。セキュリティー対策も含めて、片手間ではできないのではないでしょうか。
芦原氏 恐らく、多くの病院ではDX関連の業務を、従前の電子カルテを扱う部署が担っているケースが多いのではないでしょうか。実は、こうした部署は雑多な業務も多く、そうした業務を気にせず、ロボット、DX業務に当たってほしいという点からも、デジタルコミュニケーション室という新たな組織を立ち上げました。それが当院のロボット、DXの成功に繋がっています。他の病院でも、電子カルテを導入した時のような発想で、取り組めばいいのではないでしょうか。
清水氏 令和4年度も湘南鎌倉総合病院でロボットやIoTの導入実証を行います。新しいロボットのアイデアが生まれることを期待しています。(令和4年度新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業)
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