来たれ、若手医師! ベテラン開業医が技を伝授
島根・益田市医師会の「へき地医療研修プログラム」
へき地や離島での医療に携わりたいと考えていたものの、実際は都市部の病院などで勤務し、日々の忙しさなどからその希望を諦める医師は少なくないはず。しかし、そのような夢の実現を後押しする研修プロジェクトがある。島根県の益田市医師会が運営する「親父の背中プログラム」だ。参加者は一定期間、地元の病院で働く傍ら、へき地医療の提供に必要な技術をベテランの開業医から習得することができる。同医師会の神崎裕士会長は、「今からでも遅くありません。夢で終わらせないために一歩を踏み出してほしい」と同プログラムへの参加を呼び掛ける。
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島根県の西端にある益田市。北は日本海を望み、南には中国山地が広がる自然に恵まれた地域だ。山陰と山陽を結ぶ交通の要衝地でもある益田市だが、人口は年々減り続けており、1月末現在で4万6826人。生産年齢人口の減少に伴って高齢者人口の割合が高まり、2016年11月末時点の同市の高齢化率は35.7%で、25年には39.9%に達する見通し。
人口減少と高齢化が加速するこの地域で、へき地・離島医療を目指す医師を対象とした研修プロジェクト「親父の背中プログラム」が18年4月にスタートした。このプログラムに参加する医師は、益田地域医療センター医師会病院(以下、医師会病院)で原則2年間働きながら、勤務の合間に経験豊かな開業医から希望する診療科の指導を受ける。その後、海外での研修(希望による)を6カ月間経験すれば修了となる。
■19年4月から第2期、参加受け付け中
指導役の開業医は、益田市医師会の会員で40―60歳代のベテランばかり。参加者は、この経験豊富な“親父”から直接手ほどきを受けることになる。第1期の研修には2人の若手医師が参加して腕を磨いている。研修期間中は医師会病院から給与が支払われる。第2期は19年4月から始まる。
「親父の背中プログラム」の第2期、参加のお申し込みはこちら
同プログラムの発足の背景には、医師不足という医師会病院が抱える深刻な問題があった。
地域医療構想によって、同市と津和野町、吉賀町で構成する「益田構想区域」では、地域の医療を守るために医療機能を分化。市内の拠点病院である益田赤十字病院(以下、益田日赤)が高度急性期と急性期の医療提供に特化する一方、医師会病院はその後方支援や軽度な救急患者の受け入れ、回復期・慢性期医療を担うようになった。その結果、医師会病院で急性期医療を担当していたドクターが益田日赤へ移り、12年度に19人だった医師会病院の常勤医が17年度には11人に減少。医師の確保が喫緊の課題となった。
「働く上で他とは違うメリットがなければ、医師会病院にドクターは来てもらえません。医師会病院で働くメリットを模索する中、へき地医療を目指す医師向けの研修を企画する会社・ゲネプロを知り、その協力を得て研修プログラムを作りました」。神崎会長は同プログラムの発足の経緯を振り返る。
神崎会長によると、益田市医師会の狩野卓夫前会長が合同会社ゲネプロ(千葉県旭市)の取り組みを知ったことがきっかけで、医師会病院の狩野稔久院長が、その代表を務める齋藤学氏(救急医・総合診療医)を訪問。高齢化率の高さや医師会病院と開業医の連携の強さなど地域や病院の特性を説明したところ、齋藤氏から同プログラムが提案され、地域の開業医を巻き込んだ研修メニューを練り上げた。
■熟練の技を持つ医師らが指導
へき地・離島医療を希望する人が、例えば初期研修で内科を選んで学んだものの、医師になった後に他の診療科の研修も受けたくても、それを短期間で終えるのは難しいのが現状だ。神崎会長は、「親父の背中プログラムの場合、希望する診療科の研修を短期間で、しかもベテランの開業医からほとんどマン・ツー・マンで受けられるのが最大の特徴」と強調する。指導役の開業医については、「技術だけでなく、キャリアも申し分ない人がほとんどなので、学ぶ価値は非常に大きい」と話す。
■個々の希望に合わせた研修体制を整備
医師会病院にもメリットがある。参加者が医師会病院で働く間は、人手が確保できるからだ。
「昨年4月から若手の医師2人が当院に来てくれたことで、診療面での負担が減って非常に助かっています」―。内科医として現在も患者を診る狩野院長は効果を実感する。また、以前よりも院内に活気が出たり、最新の医学教育を受けたこの2人から新しいことを学んだりすることもある。
狩野院長は、「へき地・離島医療に携わりたい人や開業医を目指す人にとって、このプログラムはとても効果的。臨床現場で経験を積んでステップアップしたい医師には最適な学びの場です」と話す。病院業務の経験がある程度あれば、医師会病院でそれほど苦労せずに業務をこなすことができ、新たな技術も身に付けられるという。
狩野院長は、参加者に対して主体的な学びの姿勢を求めている。「それぞれの希望に合わせたカリキュラムをできる限り作るつもりです。医師会病院や開業医で対応できなければ、益田日赤などと連携する方法もあります。こういうことを学びたい、と能動的に言ってくれる医師を待っています。成長できる環境は用意しますから」。
■診断から処方までを間近で観察できる
同プログラムが始まってから、間もなく1年。実際に参加している若手のドクターは何を身に付け、どのような手応えを感じているのか―。
医師6年目の上垣内隆文さん(29)は、「家庭医」としてのスキルをさらに磨くため同プログラムに参加した。以前は三重県の病院に勤務していたが、それまで学んだ家庭医療と内科、小児救急以外に「診療の幅」を広げるにはどうすればいいか悩んでいた。そんな時、上司からゲネプロのプロジェクトを教えてもらい、「答えが見つかった気がした」(上垣内さん)。
上垣内さんは、18年4月から医師会病院で外来診療などに携わり、同月の中旬から週2―3回程度、開業医から指導を受けている。上半期は整形外科と皮膚科、耳鼻咽喉科をメーンに受講。院内でリウマチ科も学んだ。下期は皮膚科の研修の回数を減らす一方、泌尿器科を追加したほか、益田日赤に出向いて小児科を学んでいる。
研修を受けるうちに上垣内さんは、例えば皮膚科で患者の発疹を見た時に「これが原因だ」「軟膏で大丈夫だ」「専門医に任せた方がいい」といった判断ができるようになったという。
上垣内さんは、整形外科でも手応えを感じている。この領域での知識や経験がなければ、慢性的な腰痛や膝の痛みを訴える患者に対して湿布薬や痛み止めの飲み薬などを安易に処方しがちだが、指導役の整形外科医は、患者の立ち姿や膝の部位などを見て腰や膝への負担の原因を見極めて適切な処方をする。「ベテランの先生の診断から処方までのプロセスを間近で観察できるのはとてもありがたいです」と上垣内さん。
参加を検討している人に対しては、「へき地や離島に行って診療所のレベルで完結できる医療を勉強したい人にとって、この研修プログラムはお薦めです。開業を考えている人にもいいと思います。診療領域の幅を広げたければ、ぜひ参加してはどうでしょうか」と呼び掛ける。
■2年目はアウトプットできるように
松原秀紀さん(37)は、北海道・帯広市の病院での初期研修時代にゲネプロの取り組みを知った。「家庭医」を目指していることに加え、海外志向が強かったことも影響し、同プログラムへの参加を決めた。
松原さんは、火曜日に皮膚科、木曜日に整形外科の研修を受ける。さらに月2―3回程度、耳鼻咽喉科を学ぶほか、胃カメラ検査の研修も月1回受講。新しいことを学ぶことで成長していると感じている。
ベテランの開業医から直接指導を受ける効果を、松原さんも実感している。「皮膚科では先生が患者にどのステロイド薬を処方するのかや、軟膏をどう混合するかなどを間近で見ることができます。そのおかげで、皮膚科医として診るべきポイントが分かったり、薬剤の処方が適切にできたりするようになりました」。
松原さんは大学を卒業してしばらくの間、海外で働いていたため、日本での医師のキャリアは3年目。日本での臨床現場に慣れるため、医師会病院でまずは病院の業務に専念できるようなカリキュラムを組んでもらった。従って、開業医から本格的に研修を受け始めたのは18年9月ごろからだ。
「これまでは病院の業務と研修でインプットすることに精いっぱいでしたが、4月からはそれを診療の形でどうアウトプットできるかが課題」と語る松原さん。その目は既に2年目を見据えている。
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