患者さんを家族のように思い医療を続ける
西新井病院など運営する成和会
東京都足立区の関東厄除け三大師の1つとされる、西新井大師に程近い西新井病院(207床)や、介護老人保健施設「むくげのいえ」などを運営する医療法人社団成和会の金光宇理事長は、すべての職員に対して患者を自分の家族のように思い接するよう指導している。団塊世代がすべて後期高齢者になる2025年に向けた成和会の方針については、「足立区で、これまで通り普通に医療を続けていくだけです」と話す。その真意を聞いた。
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西新井病院は金理事長の父が戦後、今の場所に開業した「金本医院」にルーツがある。金本医院はもともと、墨田区の白鬚橋近くにあったが、1945年3月10日の東京大空襲で焼け出され、同医院にいた1人の書生の実家があった、今の西新井に移ってきた。53年5月に西新井病院として開院、2年後には医療法人社団成和会を設立した。
成和会の「成和」の由来は、同病院の前に今も店舗がある足立成和信用金庫(当時、成和信用金庫)にある。資金繰りで四苦八苦していた金本医院を救ったのが、同信用金庫の1人の営業マンだった。その感謝の気持ちを忘れないために、医療法人の名前に「成和」の字を冠した。その営業マンは後に、同信用金庫の理事長に就任する大人物だ。成和会は、西新井大師のお祭りの時などに顔役となる20人余りが発起人となり、医療法人社団として再スタートした。
■増加傾向たどる救急医療ニーズに対応
西新井病院は、人口68万余りの足立区のほぼ真ん中にある。昔からの住宅街の中にあり、近くの西新井大師の参道には、茶屋や土産物屋が並び、下町の風情が残っている。都の「区東北部」二次医療圏に位置し、同医療圏の荒川区と葛飾区も含めると140万人ほどの住民をカバーしている。「区東北部」の隣には、高度医療に強みを持つ特定機能病院が多く点在する千代田区や文京区などで構成される「区中央部」がある。
足立区は都内では比較的、夜間人口が多く、高齢化率は22.45%(2016年1月現在)と23区中で上位2番目に入る。西新井病院は、地域で増加傾向をたどる救急医療のニーズに応えていかなくてはならない。都の二次救急指定病院として、脳血管疾患の患者を中心に救急搬送の応需率は8割を超えている。
一方、西新井病院は1999年8月に、病院から外来機能を分離させ、当時では珍しい外来専門の「附属成和クリニック」を立ち上げた。それにより、同病院は入院医療に特化することが可能になった。
また、西新井病院は成和会の「にしあらい生活習慣病クリニック」などと連携して、同病院で透析医療を提供したりするほか、糖尿病といった生活習慣病に対する予防医療も強化している。糖尿病に高血圧や脂質異常などのリスクが加わり、心筋梗塞を発症するケースなどには、かつて西新井病院の中にあり、冠疾患集中治療室(CCU)を持っていた病棟が、2010年10月に独立して設立された「西新井ハートセンター病院」(21床)が対応している。
■地域の“認容性”を踏まえた医療を提供
金理事長は、成和会の職員は全員が1つの家族だと言う。さらに患者のほか、その家族も同じく1つの家族だという考えだ。そのため救急患者も極力、受け入れるようにしている。かかりつけの患者は特に断らないという。それはつまり、患者は自分の大切な家族だからだ。金理事長が大事にしているのは、社会福祉、地域貢献、教育・啓蒙の3つだ。金理事長は、このように話す。
「職員に対しては常々、目の前の患者さんが自分の家族なら、どのような医療を受けさせたいかと聞いています。大切な自分の家族なら、いいかげんな対応はできません。高度医療は否定しませんが、終末期の患者さんがいたとします。本当の家族ならば、たくさんのチューブや管を付けたりした無理な延命のための過剰医療ではなく、安らかな最期を迎えてもらいたいと思うのではないでしょうか」
インタビューで金理事長は、政府が推進している住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」には違和感を覚えるといい、「日本全国に同じシステムを導入して、東京の霞が関と同じ色にしようとするもので、地域の“認容性”をまったく考慮していません」と厳しい。
金理事長は、自身が考案した「かかりつけネットワーク」の方が実態に即していて、それを足立区で実践していきたいと話す。患者を自分の大切な家族のように考えるのが、金理事長が提唱する「かかりつけネットワーク」の真髄だ。足立区でどのような医療を提供していくのかとの問いに対して、金理事長は“認容性”に応じた医療の形があると繰り返し強調。“認容性”に関して、こんなエピソードを紹介した。
心臓外科が専門だった金理事長はちょうど東日本大震災の直後ぐらいに、軽度認知障害(MCI)の診断・治療に興味を持ち、東北の大学病院でMCIを専門にする医師に話を聞く機会があった。その医師は、「認知症は社会の“認容性”が一番大事だと思います。東京で診断を受けると、MCIと病名が付くような人でも、この地方では、普通の人と同じように暮らしています。その人の住む社会・地域の“認容性”で、病気というものが変わるのではないでしょうか」と話したという。
金理事長に25年に向けた抱負を聞くと、「下町の足立区には、足立区の”認容性”があります。その“認容性”を踏まえて、これまで通り普通に医療を提供するだけです」と答えた。さらに、「今の時代は、世の中の価値観に左右されがちです。医療に対して大きな期待が持たれていますが、医療はきれい事だけではできません。できることは一生懸命やりますが、できないことはできません。背伸びはしますが、大きくジャンプをするような無理はしません」と話す。
「できることは一生懸命」―。これを貫くことで25年の先も、この地域に根差して、患者を自分の大切な家族と考えながら、最善の医療が続けられるというのだ。
■若手が働きやすい環境整える
金理事長の理念を実現するためにサポートしているのが、西新井病院の安部裕之院長だ。脳外科が専門の安部院長は、高齢化が進展する足立区を含めた「区東北部」の救急医療の需要増加に、西新井病院が率先して対応していく構えだ。
東京では過去に相次いだ、救急搬送患者の受け入れ困難事例の教訓から生まれた、患者の居住する二次医療圏内でその患者を受け入れる、いわゆる“東京ルール”がある。09年8月末から運用が開始された。
西新井病院は、二次救急指定病院として重要な役割を果たしている。安部院長は、「このところ、東京ルールが適用されたと聞かないのは、ほとんどの病院が救急患者を受け入れている証拠です。それに西新井病院も貢献しています」と話す。西新井病院は今年1月には約300台を受け入れており、年間3000台という目標も達成しそうだ。
安部院長は「救急隊員は、大変な思いをして救急患者を患者宅などから運び出して、病院に搬送してきてくれます。その患者を、われわれ病院が引き受けなければ、救急隊員は次の現場に向かうことはできません。現場の医師には、とりあえず患者を診るように言っています。応需率が8割超といっても、2割程度の患者さんを断っていることも深刻に受け止めなくてはいけないのです」と、現状に満足はしていない。
安部院長は、「そのために当直医は複数人体制にして、救急搬送されてきた患者が専門外だった場合、すぐにほかの医師に相談できるようにしています。受け入れを拒否した患者が、かかりつけだったら、それこそ大切な家族を引き受けないことになるかもしれないのです。さまざまな救急対応のために、整形外科、口腔外科など診療科をさらに充実させていきます」と話す。
西新井病院の外科には、東京女子医科大や横浜市立大医学部、帝京大医学部などの医局から若手医師が来ていて、日々、救急医療の現場で奮闘したり、近隣の病院からの紹介患者の手術症例をこなしたりしている。安部院長は、「この病院の最大の売りは、ほとんどと言っていいくらい、診療科間の壁や、しがらみなどがないことです。若い医師たちは積極的に経験を積んでくれています」と言う。安部院長は、若手医師がもっと活躍できる環境を整えたいと思っている。
「若い医師がいないと、病院の活性が保てません。大学から来た医師は元気で、やる気があります。病院に対していい影響力を持っています。これからも若い医師が働きやすいよう最大限、努力をしていきます」
足立区のみならず「区東北部」の救急医療のほか、糖尿病といった生活習慣病などへの対応を強化している成和会で西新井病院が、若手からベテランの医師までが地に足をしっかりと着けながら、自分の大切な家族のために医療を続けていくことは間違いなさそうだ。
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