選ばれるサ高住、避けられるサ高住
制度発足から5年近くが経過したサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)。国もその整備を支援し続けており、戸数は既に20万戸を超えた。一方、入居待ちができる物件もあれば、十分な利用者を確保できず、ぎりぎりの運営を強いられる物件もあるなど、経営面での二極化は年々鮮明になりつつある。ならば、選ばれるサ高住は、どんな特徴を備えているのか。逆に利用者から避けられるサ高住の課題は、どこにあるのか―。ミサワホームで直営の介護施設の開設や病医院開業のコンサルティング業務に従事し、事業企画から立ち上げまで一貫したサポートを実施してきた安藤治郎氏に話を聞いた。
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■中途半端なコンセプトでは、安定経営は難しい時代に 国が補助金制度などでサ高住の開設を後押ししているのは事実ですが、一方で競争も激化しています。少なくとも、「土地も資金もあるし、とりあえず参入してみるか」では持続した運営は実現できません。また、今後さらに競争が激化することを思えば、たとえコンセプトはあっても、その内容が中途半端では、やはり安定した運営を実現するのは難しいでしょう。 ここでいう中途半端とは、顧客層の絞り込みが甘いと置き換えることができます。具体的には、「要支援の方から中重度の方まで、さまざまなニーズにお応えします」といったコンセプトを掲げても、利用者の気持ちには響かず、入居募集で苦戦する可能性が高いのです。 ■有望な「自立型」と「医療型」 さまざまなサ高住の開発に携わらせていただく中、顧客層を絞り込むとすれば「早めの住み替えを検討する自立した高齢者」か「医療ニーズへの対応も必要な中重度者」をターゲットとした高齢者住宅が、今後有望と考えています。 このうち、「早めの住み替えを検討する自立した高齢者」を主なターゲットにした物件(自立型)は昨今、ニーズが顕在化しており、(1)今の暮らしが継続できる広さ(2)移動や日常生活を送る上で便利な立地(3)将来医療や介護が必要になったときの安心感―が重要な要素となります。例えば床面積は単身向けで40平方メートル、夫婦向けは60平方メートルは欲しいところです。立地としては、スーパーマーケットや銀行に歩いて行けるような街中にあり、病院も近くにあると理想的ですね。 そしてもう一つの「医療ニーズへの対応も必要な中重度者」。このところの医療・介護の制度改正の流れが、病院からの退院を促進することで一貫していることを思えば、この層に対応できる、この「医療型サ高住」こそが、今後、最も求められる物件となるでしょう。介護サービス事業者の目線で考えても、「軽度者(要支援・要介護1、2)」への介護保険サービスについては、財源の問題から抑制せざるを得ない状況にありますから、中重度者に向けた取り組みとすることが生き残りの必然策といえます。 ただ、最近は医療機関が運営する高齢者住宅も増えていますから、今後は「医療対応が必要な人や中重度者にも対応できる」というコンセプトを、さらに強化する必要があるでしょう。例えば疾病別特化型として「心疾患専門」とか「脳神経専門」など、専門性の高い対応を売りとする取り組みや、がん患者に特化した「ホスピス型」とすることで大きな差別化が図れます。 ■忘れてならないのは「あくまで住宅」という視点 ただし、高齢者住宅を計画する際に忘れてならないのは、「病院でも施設でもなく、あくまで住宅」という視点で、住空間や設備、衛生管理の在り方に細部にわたるまでこだわることです。 自宅のようにくつろげること、機能的で安全・安心であること。当たり前のことですが、これがしっかりとできていないサ高住が本当に多い。選ばれるサ高住になるために気を配りたいポイントを幾つか挙げたいと思います。 ■選ばれるための工夫・その1―ベッドの配置 例えば、部屋におけるベッドの配置について考えてみましょう。現在ある多くの高齢者住宅では、(図1)のように、ベッドを配置しているのではないでしょうか。ただし、この配置では、利用者は窓に顔を向けることもできず、天井を見詰める時間ばかりが増えてしまいます。看護やケアをする観点から考えても、(図1)の配置では利用者の左側を通ることができませんから、移乗するにしても点滴をするにしても、何かと不便です。 それに対し、(図2)のようにベッドを配置すれば、利用者はちょっと顔を傾けるだけで外の景色を眺めることができます。さらに両サイドにスペースがありますから、看護もケアもしやすい。その上、テレビも(図1)に比べて圧倒的に配置しやすいという特徴もあります。 (図1)と(図2)の違いは、たった一つ。ベッドの向きだけです。でも、その違いだけで、生活環境はガラリと変わってしまうのです。このベッド配置をするためには、建築計画段階から一定の居室短辺寸法を確保し、ナースコールと電動ベッドのコンセントの位置にも配慮が必要です。こうした入居者の生活を想像したこだわりの積み重ねが本当に大切になってきます。 中には、このような違いに気を使わなくても、高齢者はどんどん増えていくのだから、入居者は十分に確保できるはずと言う人がいるかもしれません。確かに、戦中戦後の混乱期を生き抜いた人々であれば、(図1)のような生活環境でも甘んじて受け入れる忍耐力があるでしょう。 しかし、これから後期高齢者となる人々は、豊かさを享受し、個人の権利の主張を当然と考える「団塊の世代」です。現状を黙って受け入れるより、課題を指摘し、改善することにこそ生きがいを感じてきた人々です。そんな人々が(図1)のような環境に甘んじるとは、とても思えません。 とにかく、「病院でも施設でもなく、あくまで住宅」という視点を忘れないこと。そして、「利用者は、それ以外のどの空間より、ずっと長くサ高住の部屋の中で暮らすことになる」という事実をしっかり意識し、ハードもソフトも考えること。これができるかできないかが、「選ばれるか、避けられるか」の分岐点になるのではないでしょうか。 ■選ばれるための工夫・その2―手すりの形
脱衣室やトイレの手すりを例に考えます。多くの施設では、手すりは床とほぼ平行に設置されている場合が多いでしょう。立ち上がり動作を支えるため、「L字型」の手すりが設置されている施設も多いと思います。 ここでひと工夫ですが、脱衣室・トイレでは着替えやズボンの上げ下げといった介助が必要になりますよね。その際、安定した立位を維持するためには、縦方向の手すりにしっかりとつかまっていただく必要があります。「L字型」の手すりがあれば便利なのですが、私は「U字型」手すりをお勧めしています。これなら両手でしっかりと安定した立位をキープできますので、入居者様もスタッフも安心・安全です。 「L字型」を使っているか、「U字型」を使っているかは、サ高住全体から見ればちょっとした違いですし、どっちを採用してもコストはあまり変わりません。しかし、安心感と安全性は決定的に異なります。私が親を入居させるなら、「U字型」手すりを脱衣室に採用している所を勧めるでしょう。 ■選ばれるための工夫・その3―衛生管理 また、医療依存度が高い虚弱高齢者の入居を想定するとき、衛生管理には徹底的にこだわる必要があります。汚物処理室では「フットスイッチ」による自動扉を採用したり、ポータブルトイレを丸ごと洗える洗い場を設け、汚物が飛び散らない工夫をしたり…。
その上で入居募集の際は、バックヤードである汚物処理室のこだわりをじっくり確認してもらうのです。 また、利用者や従業員が活動する「動線」が、どのように配置されているかも重要です。 例えば、現状の施設では、従業員が廃棄物や汚物を運ぶ動線と、利用者が日常的な活動をする動線が重なっていたり、交わっていたりする物件が、かなり見受けられます。ただ、これも衛生管理面で言えば、かなり危うい状態です。 さらに利用者目線に立てば、汚物入れを抱えた職員と同じエレベーターに乗り合わせなければならないという一点で、もう別の物件を探したくなる入居者も出てくるのではないでしょうか。 むろん、初期費用はできる限り安く抑えるべきという現実もある以上、何もかも最新で最良のものを使うわけにはいかないでしょう。それでも先に述べた手すりやベッドの配置など、大して費用をかけなくても、細かな配慮と工夫で環境を大きく変えることができる要素はたくさんあるのです。
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