在宅医療ってこんな世界だったのか!
やりがいや事業の魅力、医師らに聞く
今後の社会保障制度改革の道筋を示した「社会保障制度改革国民会議」(国民会議)の報告書がその重要性を指摘したことなどから、注目が集まる在宅医療。医師の中でも関心が徐々に高まりつつあるが、やりがいや事業としての魅力など現場の実情は、深く知られていないのが現状だ。そこで、在宅医療の実情について、全3回で取り上げる。第1回では、既に病院を離れて在宅医療に従事する医師や、医療経営コンサルタントに、在宅医療の世界について聞いた。
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第1回 「在宅医療ってこんな世界だったのか!」
第2回 「在宅医のリアルな実態を探った」はこちら
第3回「プロに聞く、在宅医療の始め方」
■「地域完結型」医療へ転換、在宅医療を推進
「医療はかつての『病院完結型』から、患者の住み慣れた地域や自宅での生活のための医療、地域全体で治し、支える『地域完結型』の医療、実のところ医療と介護、さらには住まいや自立した生活の支援までもが切れ目なくつながる医療に変わらざるを得ない」-。国民会議が8月にまとめた報告書は、高齢社会となった日本の医療提供体制に、抜本的な見直しが必要だと訴えた。
さらに報告書では、「地域完結型」の医療へと転換するために、「高齢者が病院外で診療や介護を受けることができる体制を整備していく必要がある」と強調。病院・病床機能の分化・連携や急性期医療を中心とする人的・物的資源の集中投入などとともに、在宅医療・在宅介護の推進にも消費税増収分などの財源活用を検討すべきだと主張し、活用手段の例に、診療報酬と介護報酬の体系的な見直しなどを挙げている。
在宅医療の拡充には、患者側も期待を寄せている。内閣府が6月に公表した昨年度の「高齢者の健康に関する意識調査」によると、全国の55歳以上の男女を対象に、「治る見込みがない病気になった場合、最期はどこで迎えたいか」と尋ねたところ、54.6%が「自宅」と回答。「病院などの医療施設」(27.7%)や「特別養護老人ホームなどの福祉施設」(4.5%)、「高齢者向けのケア付き住宅」(4.1%)など他の項目を大きく上回った =グラフ、クリックで拡大= 。
■在宅医療に「医師のやりがい凝縮」
在宅医療に従事する医師らは、医療機関内での医療とは違うやりがいを見いだしている。東京都文京区などで在宅医療専門のクリニックを運営する医療法人社団鉄祐会の武藤真祐理事長は、クリニックを立ち上げる前、大学病院などで循環器内科医として勤務。そこでは日々、心筋梗塞の患者のカテーテル手術などに専念していた。
「救急医療の現場や心臓カテーテル治療を手掛ける中で、患者さんの命を救ったという実感がありました。ただ、その結果よりも、患者さんとの間に生まれる信頼関係や、温かい雰囲気のようなものを実感する時の方が、わたしにとっては医師として最も充実感を感じる時でした」
武藤理事長が初めて在宅医療に携わったのは、東京都内の民間病院に勤務していた時のこと。同病院の先輩医師が営む診療所でのアルバイトだった。診療所は地域の「かかりつけ医」の役割を担い、外来診療のほか、通院が難しくなった高齢患者の往診も実施。アルバイトでも、外来・往診の両方を任された。
初めて患者宅を訪れた際は、他人の家に「上がり込む」ことへの違和感があったという。医療行為のための環境も、病院の診察室のようには整備されていない。「まるで応用問題のようでした」と当時のことを語る。ただ、そういった環境だからこそ感じるやりがいがあることを、武藤理事長は強調する。
「振り返ってみると病院では、患者さんを病態やこれまでの治療の経緯で記憶していたように思います。一方で在宅では、医療だけでなく、患者さんとのコミュニケーションにより、その人の家族環境や生活環境を含めて、全人的に理解し、記憶します。在宅では、患者さんやご家族とのコミュニケーションを、非常に多く求められます。患者さんに安心してもらうための一つの手段として医療があるという感覚です。家の中から共通の話題を見つけ、会話を通じて患者さんの困っていることを探り、解決して、安心をつくっていきます。患者さんの生活に安心を吹き込んでいるという確かな実感、患者さんに真に信頼され、求められ、感謝されるという実感、わたしにとっては、それこそが医師としてやりたいことなのだと、今も感じています」
都内世田谷区で在宅療養中の患者宅に往診する桜新町アーバンクリニックの遠矢純一郎院長も、在宅医療に強いやりがいを感じる医師の一人だ。遠矢院長は、「ご自宅には、病院では分からない患者さんの背景があります。生活を知った上で医療的にアプローチできる在宅医療には、医師のやりがいが凝縮されています」と、在宅医療の魅力を語る。
例えば、通院時はよそ行きの格好の患者でも、自宅に行くと、普段の生活や経済状況、家族との関係などが垣間見え、より患者に合った治療を提案できるという。「病院で(患者の背景を知らずに)診ていた時と比べ、大きなジャンプ・アップが必要ですが、本当に、人を診ているという感じがします」と遠矢院長。訪問を繰り返すうちに信頼関係が生まれ、患者やその家族からの満足度も高まると実感している。
遠矢院長は診療所を開業する前、急性期病院の呼吸器内科で勤務していた。受け持つ末期の肺がん患者や、肺炎で他科から転棟してきた高齢患者には、回復が見込めなくても、呼吸器管理を徹底した。「特に高齢者の場合、命を無理やりに引き留めているような違和感を覚えていました」と、遠矢院長は振り返る。
そんな中、病院併設の訪問看護ステーションの患者宅に、医師が月1回ほどのペースで往診する取り組みが導入され、遠矢院長も参加した。患者宅では、入院中に見ることがなかった患者の生き生きとした表情に驚いた。食欲がなく、在宅療養は難しいと思っていた患者が、帰宅するなり食欲を取り戻す姿も目の当たりにした。「安心できる自分の家で、好みを把握した奥様の手料理を食べ、元気になっていくのです。急性期を乗り越えて生活を取り戻していく時期には、病院の環境が、かえって回復の妨げになることもあるのだと感じました。この感覚は、本格的に在宅医療を始めてから、確信に変わっています」と遠矢院長は話す。
また、患者が自宅で亡くなりたいと強く望むのであれば、翌日に亡くなってもおかしくない病態でも自宅に帰す意味はあると、遠矢院長は強調する。「肺がんが進行した40代の女性の患者さんから、どうしても在宅療養したいと頼まれたことがありました。今から10年以上前のことで、当時はまだ在宅医療などもなかったのですが、ご主人も会社を休んで介助するというので、特例的に許可しました。ただ、心配だったので帰宅する車に同乗したのですが、患者さんは家に着いた途端、小学生の子どもを呼び、みそ汁の作り方を教えたのです。その瞬間、患者さんはこれがしたかったのだと理解しました。3日ほどで亡くなりましたが、今も忘れられません」。
入院を続けていれば患者はもっと長く生きられたかもしれないが、遺族からは感謝されたという。遠矢院長は、患者の思いをくみ取ってQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を高めることこそが、医療者に期待される役割だと考え、在宅療養を望む患者を支え続けている。
■在宅医療の事業性は「外来より高い」
患者側のニーズがあり、医師側のやりがいもある在宅医療。では、事業としての魅力はどうか。
国は診療報酬で、在宅医療に従事する医師らをこれまでも後押ししている。昨年度の報酬改定では、プラス約4700億円の医科の財源のうち3分の1に当たる約1500億円を、「医療と介護等との機能分化や円滑な連携、在宅医療の充実」に投入した。
具体的には、機能強化型の在宅療養支援診療所と在宅療養支援病院を新設。その要件は、在宅医療を担う常勤医師が3人以上いることや、過去1年間に、緊急往診5件以上、看取り2件以上の実績があることなどだ。複数の医療機関が連携して要件を満たすこともでき、機能強化型として認められれば、より高い点数を算定できるようになった。
一方、外来診療のみを行う診療所はこれから、厳しい経営を強いられる可能性が高いと、医療経営コンサルタント会社「メディヴァ」(世田谷区)の大石佳能子代表取締役社長はみている。「国は、診療報酬を外来から在宅にシフトし、将来的には、外来だけで夜間診療を行わないクリニックは、経営が非常に成り立ちにくい状況になるでしょう」。
現時点でも、在宅医療のみと外来のみの場合とで診療所の収支を比べると、在宅医療の事業性の方が高いと大石社長は指摘する。外来のみの診療所の患者数が1日40人、在宅のみの診療所が1か月60人として同社がシミュレーションしたところ、年間の売り上げでは、外来のみが6105.6万円、在宅のみが5040万円だった。しかし、費用負担は外来のみの方が大きく、営業利益は、在宅のみが外来のみを800万円近く上回った =表、クリックで拡大= 。
「外来患者1日40人は、内科系診療所の平均的な値で、これだけ集めるのに、場所によっては1、2年かかります。在宅のみの1か月60人は、外来患者よりも集めるのに時間はかかりません。また、1人の医師が質を落とさずに受け持てる数です」と大石社長。初期投資も、在宅医療のみの場合は高額な検査機器などが必要でない分、外来診療を行う診療所の4分の1程度で済むという。「国の動向や現在の事業性を勘案して、在宅医療を始める医師は増えています。それでも、外来診療と比べれば、競争もまだ緩やかな状況と言えます」(大石社長)。
少子・高齢化が進むにつれ、在宅医療のさらなる需要増が予想されている。現在は外来診療だけを行っているクリニックも、近い将来、在宅医療の世界に飛び込む決断を迫られるかもしれない。
富士通が主催する「在宅医療ノウハウセミナー2013」では、成功する在宅診療所の運営モデルをテーマに、武藤理事長や遠矢院長、大石社長らが講演する。 詳細はこちら(←ここをクリック)
第2回では、在宅医療をめぐる医師の懸念に現場の医師が回答。「24時間365日」体制の中で自分の時間をつくるノウハウや、多職種連携、患者・家族とのコミュニケーションのコツを解説してもらう。第3回では、在宅医療の始め方に焦点を当て、医師自身が在宅医療に向いているかどうかを知る方法などを紹介する。
特集・在宅医療(全3回)
第1回 「在宅医療ってこんな世界だったのか!」
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