全職員が使え、家族も喜ぶ介護現場システム
沖縄本島の真ん中、うるま市にある「介護老人保健施設いしかわ願寿ぬ森」では、2000年頃から施設内のシステム化を独自に進め、運営の効率化を図ってきた。全国老人保健施設協会(全老健)が普及を進めるケアマネジメント方式「R4システム」についても、介護現場での使いやすさなどに配慮しながら、データベースソフト「FileMaker」を使い、全老健版ソフトに先駆け構築。その成果は、沖縄県内の他施設にも広がっている。
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「願寿(がんじゅ)ぬ森(むい)」(http://ganju.web.fc2.com)は、亜熱帯の緑豊かな森に囲まれた入所定員80人(通所定員50人)の老健施設。眼下にはサトウキビ畑と電照菊(でんしょうぎく)の畑が一面に広がり、その先には石川の市街と金武湾の青い海が見える。「願寿」とは、沖縄の方言で、「健康や元気を願う」という意味だ。
医療法人だいわ会の新保雅則理事は、パソコンを使った業務改善に早くから着目してきた。1997年に「ファイルメーカーPro 4.0」を導入し、介護保険制度がスタートした2000年から本格的に施設内のシステム化に取り組み、2008年頃には紙ベースで行っていた業務管理のほとんどを、FileMakerを使い、パソコン上で管理するようになっている。
新保氏は「現場の要望を聞いて、職員の協力を得ながら、自前でコツコツと作ってきた」と話す。同施設にはシステム構築に精通したエンジニアはいない。職員が業務の傍らFileMakerを使ってシステム化を進めてきたのだ。
現在では、各種サービスの施設利用状況をはじめ、利用者のデータ、職員のスケジュール、事務管理などの多様なデータを一括管理しており、もはや欠かせないインフラとなっている。その一例が、FileMakerで作成した出退勤管理システムだ。それまで利用していたタイムレコーダをタッチパネルに変え、職員がタッチすれば、出退勤の時間が記録されるほか、そのデータは直接勤務シフトの管理や給与計算にも活用できる。
ケアプランの作成や実践のためのツールに重要な役割を果たす「FileMaker」
願寿ぬ森では、これまで幾つかのケアプラン作成ツールを試してきたが、効率的にアセスメントをしたり、利用者の全体的な状況を把握したいと考えていた。
そのような中、全老健が2009年にR4システムを発表した。新保氏はICF(国際生活機能分類)の視点に基づいたケアマネジメント方式は、質の高いプランやケアの実践につなげられると考えた。
同施設では、全老健が11年1月に発表したR4ソフトに先駆け、前年の10年4月にFileMakerをベースにした願寿ぬ森版「R4システム」(SHiFTと命名)の構築に着手し、翌月には試用版をスタート。9月には本格稼働させて、現在に至っている。全老健版R4システムの基本をしっかり押さえつつ、現場の意見を取り入れながら、より自分たちの現場に合った改善を進めてきた。
願寿ぬ森では、複数の端末でデータ共有するため「FileMaker Server」を導入し、施設内の全パソコンからデータベースの閲覧・記入ができる。
新保氏は、介護職や看護職、リハビリ職、栄養士、医師、支援相談員といった多職種がデータベースを使っていくのであれば、どのパソコンからでも閲覧可能なことは欠かせないという。
「R4システム」導入で、施設内のカンファレンスも変わった
願寿ぬ森では、平日は基本的に毎日、家族を交えたカンファレンスが行われている。過去に専門職同士の確認作業となってしまった反省から、前施設長の呼びかけでカンファレンス内容を明確化し、ディスカッションし合える体制をつくってきた。
家族との関係づくりのためにも、カンファレンスは有効な手段だが、回数が多ければ運営側の負担になる。そこで「SHiFT」で施設利用者の情報を確認した上で、カンファレンスに臨むことをルールにした。気になる点があれば、職員同士で相談し、すり合わせてから、家族と話し合うのだ。
久高敦介護長は、「SHiFTが、プレカンファレンスの役割を果たしている」と話す。例えば、褥瘡のある利用者に対し、栄養士が「補助食品を出す」と記入すれば、介護職員は摂取量などを、ケアプランに反映させる。もし疑問点があれば、話し合うことにしている。
SHiFTの運用では、多職種による情報共有化と連携が一つのポイントだが、願寿ぬ森では、このような情報共有がFileMakerを通して問題なく円滑に運用されている。
■使用する立場を考えたシステム構築とは
願寿ぬ森では、SHiFTは職員全員が利用する共通のデータベースであり、家族に対して、利用者の状況を分かりやすく説明するためのツールと考えている。
R4システムでは、利用者の全体像を「基本動作」「歩行・移動」「認知機能」などの項目ごとに評価する。
新保氏は、新しい職員が入ってきても、迷うことなく評価が行えるように、願寿ぬ森版の初心者向けフォームでは、分かりやすい操作、見やすいレイアウトを意識したという。実際、イラストやアイコンを豊富に使い、文字の大きさや色合いなども工夫したフォームは見やすく、操作に慣れていない職員でも、説明に従い順番に入力することで、評価が完成する。一方で、操作に慣れている職員には、丁寧な画面がわずらわしく感じることもあるため、ダイレクトに入力できるフォームも用意。いくつも画面を進ませなくても、各項目を一覧表示させて、より効率的に入力できる。
新保氏はFileMakerの良さについて、「システム開発の経験がなくても、さまざまなパーツを組み合わせて、ユーザ画面が簡単に構築ができること」と指摘する。また、現場から要望があれば、すぐに対応できる柔軟さも大きなメリットで、システム開発を外部に依頼した場合には得られない自在さとコストメリットがあると話す。
願寿ぬ森版「R4システム」SHiFTは、沖縄県老人保健施設協議会(沖老協)を通じて、県内の老健での活用が広がっており、定期的に研修や勉強会が開かれている。
新保氏は、今後のSHiFTの課題として、施設利用者の状態像に少しでも変化が現れれば即時把握できるような仕組みを作りたい意向だ。さらに、より利用者の残存機能を生かすためのアセスメントに活用できないか考えている。
また、FileMakerで作成したシステムは、「FileMaker Go for iPad」というiPad 用の実行環境アプリを使用すれば、そのままiPadで動作できることもあって、新保氏は近いうちに施設内でiPadを導入し、ベッドサイドでバイタルを記入するなど、より機動性を高めていきたいと意欲的だ。
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